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記事一覧

空挺用に三十年式銃剣を改造したのは?

11年間のアメリカ滞在中は日米のいろいろな人々に本当に世話になった。皆さんの協力なしには、私の調査、研究は行えなかっただろう。U.S.Infantry Musuem(アメリカ陸軍歩兵博物館)は有名な陸軍の訓練所があるフォート・ベニング(Fort Benning,Georga)の基地内の立派な建物だ。オリンピックの際に、アトランタから車で約2時間半南に下った、フロリダ州に近いところにある。映画の撮影などにも良く利用される。ベトナム戦争中...

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団塊の世代、飛行機野郎に勧めるスミソニアンでのボランティア

SithosonianはワシントンDCの中心にある科学、自然から芸術までの総合的な博物館である。主なる博物館でも10近くある。その中でも有名なのは「航空宇宙博物館」だ。1848年に創立され,展示館のほかに離れた場所に収納館がある。私は数年前、その中の「軍事史収集館」のハリー・ハンター氏を訪れて、日本軍関係の収蔵物を調査刺せて貰った。恐らくマキタが製作したであろう、海軍の7・7mmガーランド銃の完全品を観察した...

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日本の戦車野郎集合、 アバディーン軍需博物館へボランティアで。

正式は名称は「アメリカ陸軍軍需博物館」で、陸軍の兵器試験場の中にある。ガーランド小銃なども採用の際、ここで徹底的に試験されたと言う。アバディーンは丁度、ニューヨークとワシントンの中間くらいで、この博物館のアメリカ軍以外の展示物では圧倒的にドイツ、日本、英国の兵器だ。第一次、第二次大戦頃の期間も各種兵器で、大型のものは巨大な収蔵庫か野外展示だ。ドイツの列車砲も持って来ている。野外展示の数十台の各国戦...

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「桜花」のキャノピーを拭く女性海兵隊員 クアンチコ博物館

アメリカは今週、メモリアルウークエンドで、軍事的な行事が多い。今日は昨日書いたウエストポイント士官学校卒業式だそうだ。道が混むと交通ニュースが言っていた。アメリカ海兵隊の本部はワシントンDCから1時間ほどのバージニア州、クアンチコにある。同じところにFBIの訓練センターもある。この基地には、海兵隊博物館があり、そこの目玉は硫黄島と沖縄だ。沖縄で鹵獲した「桜花」が展示してある。その横に立っていた係員...

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ウエストポイントミリタリーアカデミーの博物館

「ウエストポイント士官学校」はニューヨーク市内から約1時間半のドライブで行ける、ハドソン河沿いにある。広大な敷地で、200年、つまり建国して30年くらいたって設立された。南北戦争では学友が敵味方に別れて戦った。多くの有名な軍人を輩出し、アイゼンハアーは大統領になった。マッカーサーは在学中、母親が近所に引っ越して来て、彼の面倒をみていたことで有名だ。今は大体毎年800人の新入生が入学する。灰色の制服...

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三八式小銃機関部はアメリカ製工作機械で作った。

コネチカット州からマサチューセッツ州に掛けて、かっては大武器製造工業地帯だった。コネチカットの州ウオターベリーそしてハーツホードからスプリングフィールド市に掛けて、ドライブすると河沿いにレンガ作りの破棄された大きな発電所が付属した工場が見られる。今は動いてない。6月3日、4日、スプリングフィールド「ガンショー」が開催される。全国からディラーが集まる。この近所に有名が銃器メーカー、コルト、レミントン...

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ピーボディ博物館の日本の矢尻コレクションに見る多様性

「あるところにはあるもの」だ、と驚いた。同博物館はボストン中心から北に1時間ほどのせーラム市にある。セーラムは18世紀ごろから東インド会社のアメリカ版があり、捕鯨や交易に投資する経済活動が出来上がっていた。ここから明治初期1877年、当時39歳だったハーバードで学んだエドワード・モース氏が東京大学で生物学を教えるため日本政府に雇われ、赴任した。3年間、ダーウィンの進化論を教えた。彼は横浜に着き、東...

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ジョン万次郎のこと

日本人で数奇(ドラマチック)な人生をおくった人間の最右翼に入る1人だ。土佐、中の浜(清水市)、1827年生まれで14歳の時漁に出て遭難する。アメリカの捕鯨船ホイットフィールド船長に救助され、ハワイで仲間と別れ、彼のみマサチューセッツ州フェアヘブン港に行った。そこで教育を受け、それから大変な苦労をして日本に戻り、幕末の開国の際、その言語力や知識で幕府に雇用された。その人生はなぜこれが「大河ドラマ」に...

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日本人とユダヤ人

「日本人とユダヤ人」は山本 七平氏が「週間新潮」に連載した見開き2ページのエッセイの題だった。もう何十年前になるか。日本人の特異性を山本氏はイザヤ・ペンダザンと言う名で、毎週書いていた。例えば、ユダヤ人の宗教観の強さと日本人のそのあいまい性など。など。結論はユダヤ人も国際的には特異だが、日本人も負けず劣らずという観点だったと記憶している。ユダヤ人と言ってもどういう人だ、と日本人はそのキャラクターを...

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メモリアルディーウークエンド

来週末は、アメリカの過去230年間、国の為に命を落として人々を想う、「メモリアルディ」ーだ。つまり靖国神社のカレンダー版みたいなものだ。各地で、戦争に参加したベテラン(退役軍人達)の記念行事が行われる。前にも書いたが小さな町役場に行ったら、そのロビーの壁に、過去、この町で戦死した人々の名前が掘り込んだプレートが掲げられているのに驚いた。何年に何処で戦死したかも含めてだ。アラバマ州の「バンザイシュー...

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カズ中川を忘れるな!

彼はまったくの日本のサラリーマンだが、「日本の銃剣」を書いたラリー・ジョンソンの弟子と言っても良い存在だ。N食品のペンシルベニア工場の工場長のような仕事をしている。元は日本から派遣されてきたようだが今はアメリカに永住するようだ。銃剣の収集とその調査では抜群の知識がある。彼の工場を見学し、その後自宅でコレクションを拝見したのはもう10年以上前になるか。インスタントラーメンのスープは元々粉だけだ構成さ...

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ステーブ葉山に聞け。

日本人でもアメリカ人でも、日本軍研究収集家で彼を知らない人はもぐりだ。顔は怖いが優しい人だ。ロサンゼルス郊外のクリフサイド(海の見える丘)に建つ豪邸に住んでいて、収集物は数え切れない。多分、現在世界一だろう。しかしその収集物はワインセラー(半地下のような小部屋)に押し込められている。どうも恐妻家で、母屋の中には置けないらしい。私は彼の家に数回(或る時は家内も一緒に)は行っている。彼もニューヨークの...

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子供の遊びから「戦争ごっこ」が消えた。

一世代前までは「戦争ごっこ」と言う遊びがあり、小学生が学校から帰ると、数人づつに別れ、口でバンバンと声と出しながら、もしくは巻き紙火薬のブリキのピストルを撃ちながら、走りまわったものだった。1950年くらいのことか。今は同じ町内だが、当時は異なる地名の隣接しているところの子供のグループと本気になって戦ったものだ。そのときは棒、おもちゃの刀、パチンコなど使ったからかなり危険な遊びだった。但しそのとき...

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人種と軍隊

日本のように民族や人種が多様化してない国、言葉もほとんど同じ国は世界には少ない。アメリカはその正反対だが、軍隊においては黒人が兵士として認められるようになったのはそう古いことではない。映画などでは、すでに独立戦争に黒人が立ち上がったり、南北戦争やインデアン戦争でも大々的に黒人が活躍していたのはフィクションである。クジラさんの言では、海軍、海兵隊は30mの高さから水に飛び込むテストがあり、これに黒人...

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女性兵士

第二次大戦までの日本軍には女性兵士は皆無だった。なぜ男性だけが戦場に行かなければならなかった。これは山本 七平氏も「女性は絶対に軍隊に入ることはないので、ある種の気楽さはあったろう」と述べている。第二次大戦中、男女の区別なく、戦場に赴かせたのはソ連だ。ソ連は男女の区別なく、女性だけの爆撃隊を編成したほどだ。現在、徴兵で男女に兵役を科しているのはイスラエルだ。イスラエルは周囲を敵に囲まれているので、...

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ポーツマス、ニューハンプシャー

101年前の今頃、ロシアと日本の海戦機運が高まり、日本連合艦隊とロシアバルチック艦隊はいつどこでどのように遭遇し戦闘するか、日本社会もパニック状態だった。結果は昨年、このブログで100年前の毎日を5月25日の日本海海戦に至るまでを書いた通りだ。(画像も沢山つけた。)アメリカ合衆国シオドア・ルーズベルト大統領の仲介で、夏頃からニューハンプシャー州のポーツマスで日露交渉が行われた。昨年、この歴史的交渉...

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エネルギー革命が世界の新秩序を創る。

第二次世界大戦に日本が参戦した原因は結局のところ石油エネルギー問題であった。もし日本にふんだんに石油エネルギーがあって、連合艦隊が大和、武蔵、陸奥、利根、赤城、加賀、伊号など巨艦に多くの給油艦を従えて、大連合艦隊としてアメリカ本土まで攻撃して行ったらどうなっただろう。パナマ運河などは一瞬で粉砕だっただろう。現在は世界中がエネルギー危機だ。これが中東問題、イラク、イラン、全て絡んでいる。イスラエル人...

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悲劇を生む文明の差

日本は19世紀半ば、開国した際、欧米との文化の差はあったとしても文明の差は小さかったのではないか。その一例が急速な工業化だ。人間の文明度が高かったのではないか。現在、私の住んでいるところは元々、アメリカ原住民の力の強かったところで、欧州から来た人々は北のボストンエリアか南のニューヨークエリアに行った。私の家の前は河だ。その河の向こう岸は、この州に5つあるアメリカ原住民の居留地だ。アメリカ原住民とし...

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予備役、民間自衛官の増強

阿武隈で狩猟や釣りの先生役をやってくれているYさんと言う人がいる。40代独身の、電力会社の鉄塔関係の仕事をしている。この人の射撃能力、運動能力、方向感覚、運転能力、すべて標準の200%以上だ。山歩きをするとついていくだけで大変だ。何よりも勘が鋭い。格闘技なども一応全てできる。なぜかと言うと彼は習志野空挺団の出身だからだ。自衛隊員の中でも空挺団に行く人間の各種能力は一般人とは比較が出来ないくらい高い...

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日本の国防に必要な大型ロケット

中国も、北朝鮮も日本には弾道ミサイルはない、と馬鹿にしきっている。勿論憲法上の制約で、弾道ミサイルなど攻撃的兵器は持てない。しかしこれも時間の問題だ。歴史的にロケット兵器はドイツ軍が1942年ごろ、VI,VII,と言う画期的なものを完成させ、大陸から主にロンドンを攻撃した。精度はいまひとつだったが被害は大きかった。VIIの実物をアバディーン軍需博物館で見たが、想像以上に大きなものだった。戦争が終わ...

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日本国防に必要な4つの重要な要素その1

ここアメリカにいて国防と言う概念を考えてみると、アメリカ(私は巨大な島国ととらえているが)と日本のそれとはまったく異なると感じる。今、アメリカを攻められる国はない。(過去にも日本帝国だけだった。)現在、私達は日本はとても複雑なところに位置した島国だ、と言うことを再認識すべきだ。では国防に何が必要か。私は4つ重要な要素あると思う。それらは、1)空港2)イージス艦3)大型ロケット4)予備役兵力だ。2)...

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ヘリコプターに挑戦

ヘリコプター操縦を習ってきた。難しい。すごく微妙なのだ。また速度が遅い。固定翼の経験はあまり約に立たず。しかしヘリは失速することは少ない。ロターで上昇したり下降したり、左右に旋回する。固定翼機と一番違うのは小回りが利き、空中で停止できることだ。攻撃ヘリは各国が装備している。アメリカ軍はマクドナルドAH64ロング・ボウアパッチで、機体の左右の20mmガットリングが特徴だ。それとシコルスキーRAH66...

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雨具か偽装か?

第二次大戦中のアメリカの情報局(後のCIA)の資料に、アメリカ軍将校が蓑(みの)を着用している写真がある。アメリカ軍は蓑にいたく興味をもっていた。「中国戦線の日本兵」にも将校が雨の中、蓑をまとっていた写真があった。蓑は農民や山で働いた労働者の雨具だった。日本のものは藁などの素材を使っていた。今は見ることはない。このアメリカ軍資料の蓑は椰子の皮で自作したものらしく、非常に丁寧に出来ていた。アメリカ軍...

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「釣り」と捕虜の扱い

今まで何回か取り上げてきたテーマに日本軍の戦時中捕虜の扱い、およびその結果死亡した連合軍兵士が意外に多かったことを述べた。直接は関係ないが、この春、2種類の釣り(フィシュイング)を体験した。都会で育ち生活したきた私は釣りと言うスポーツをしたことが殆どなかった。4月1日に阿武隈でイナワ釣りに挑戦した。「東京の人は最初の年は一匹も釣れねえ。」と言われた。最初の日、真っ暗なうちから興奮した釣り人が車で渓...

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吉田 四郎氏のこと

吉田さんは80歳になるそうだ。進駐軍の仕事をしていて、その時のアメリカ軍上司に見込まれ、彼のオレゴン州、ポートランドの印刷会社に勤務することになった。それから55年間、日本軍の兵器、装具を収集してきた。また手先の器用さから様々な修理や足りない部品の手作りをし、日本軍兵器に関しての年季、知識、アメリカの日本人研究家の間では一目置かれている。二式小銃とは明らかにことなる九九式小銃の2つに分解できる方式...

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ボブ・フェリス氏のこと

彼はアメリカ陸軍軍需部を退任し(佐官だった)、アリゾナの小さな町に引っ越した。軍需品の権威だ。日本のモノにも詳しく軍歌も2-3曲歌える。葉山さんも行ったことがあると言っていたが、私は2回、彼の家を訪問した。ラスベガスから4時間くらいのドライブだったか。もう奥さんは居らず、一人暮らし。丘の上の凹型の平屋の家に住んでいた。向かって左側が住まい。真ん中が収集物博物館、右が整備工場だったと記憶している。収...

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騎士の最後

人間はいつ頃から馬に乗って戦闘をし始めたのか。モンゴル帝国の話もそうだが、十字軍、そして日本ではNHKのけばけば衣装の時代ものでは平安時代には大々的に騎馬で戦闘していた。この画像は1938年のアサヒグラフのものだが、とても迫力がある日本騎兵の集団だ。アパッチ砦も顔負けの迫力だ。良い写真だ。先回も書いたが恐らくこれが最後の日本騎兵の集団行動だったのではないか。この真ん中に迫撃砲で攻撃を受けたら、もし...

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戦闘迷彩服

(5月1日に書いたのだが写真を添付しているうちに消えてしまった。)アメリカの友人が海兵としてイラクに行き、その装具を一式いただいた。ダッフルバックに一杯の戦闘服、水筒、その他収容嚢だ。作業用の緑色のツナギ(オーバーオールと言う)以外は全て迷彩だ。迷彩は緑系と灰色系の2種類で、この男がアメリカ人にしては小柄なので、私にはちょと大きい程度で何にでも使える。洗って消えない、缶詰かなんかの染み以外は非常に...

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射撃と難聴

射撃関係団体幹部には、大きな声で話さないと通じない人が多かった。安斉さんもそうだったし、生田 豊太郎さんはアメリカ生まれでしかも大学まで行ったので英語は非常に格調が高かったが、相手の言っていることが聞こえてないことがあった。赤羽のジイさんも難聴だったから自分の言うことしか言わず、相手の言うことは聞かなかった。リビー教授もそうだ。リビーさんの年齢では幼少の頃、射撃をやる際に耳栓(イヤープロテクター)...

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「ネルソンの死」に出てくる竹下 勇海軍中佐

英国の英雄、ネルソンがフランス、スペイン連合艦隊とのトラファルガー海戦で戦死したのは1805年10月で、日本海海戦はその100年後だった。英国の英雄は、アメリカでも人気があったようで、ネルソンの死100年を記念した「ネルソンの追憶」と言う40ページほどの冊子を手に入れた。南部のビンス・ディナルディが送ってくれたのだ。ネルソンはトラファルガーの海戦で、接近戦闘を期した。英国海軍は勝利を得たがネルソン...

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プロフィール

japaneseweapons

Author:japaneseweapons
日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



刀,弓,槍,薙刀,甲冑,鎧,火縄銃,軍用銃,機関銃など日本の武器や兵器に関する須川薫雄の研究を紹介はここ:
日本の武器兵器.JP


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