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記事一覧

ヒストリーチャネル(History Channel)の虚実

アメリカにいた頃、ヒストリーチャネルの製作会社(いろんな小規模プロダクションを使っており、日本の時代ものを作っていたのはハリウッドの「グレーストーン」と言う会社だった。)から問い合わせを受けた。刀、鎧、火縄銃、大戦までの兵器などに関してだ。どこの誰もそうだが、テレビ業界人はすでに仮説を持っていて、番組をこういう風に作ると言う方針ありきから、取材している。例えば「日本の武器兵器は欧米の真似物である。...

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マニオンズ(Manion's)

マニオンズはアメリカ、カンサスシティにある武器兵器、軍装品、アートのオークションハウスだ。歴史はある。本社はドイツで、ドイツの軍装品をアメリカでオークションすることから始まった。1980年代後半から90年代前半までは年に数回、カタログを発行し、ドイツ、日本、アメリカ、その他という分類で様々な軍装品を羅列し、別冊に兵器が載っていた。売主、買い手から各々15%の手数料、搬送費を出さすので、割りに良い仕事で、...

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年少者用教練銃剣

大正時代、軍縮期間の日本は多くの軍人に「肩たたきを」が行われた。しかし、その軍人達を学校に派遣して文部省が費用を出し、生徒に軍事教練を行うと言うシステムが出来た。これが学校教練だ。主に昭和の始めから、中学、専門学校、高等学校、大学などで教練が実施されるようになった。それに加えて、上級学校に進学できない子供の為に「青年学校」が地域や会社単位で設立され、男子生徒の3分の1の時間は軍事教練に当てられた。(...

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観測鏡 九三式五十糎 ニコン製

今の日本大手企業に戦前の軍隊を悪く言える社は少ない。ほとんどの製造業に限らず、運輸、通信その他サービス業も軍、つまり国家予算の支出先として保護されていたはずだ。この九三式五十糎観測鏡は、1933年に制定された地上戦闘用の観測機器で、箱(木箱を金属で覆った丁寧な作り)から、プリズムを2個使う本体に柄を付けて組み立てた。これを主に塹壕などから外部の状況を観測するのが目的で、同じような機能の光学兵器は第一次...

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実物を観ないで歴史を語るな。

小学生の頃の社会見学、その気持ちを忘れな。歴史は特にそうだ。日本のように長い歴史を持ち、観るべきところは多い国は少ない。学者でも実物を観ないで語っている者がいかに多いか。いかに間違ったことを言っているか。私のようにビジネスマンであった者には信じ難い。ビジネスマンは現地現物主義で、物を実際に観てこないと話が進まなかったからだ。例えば、16世紀に中韓も火縄銃を製造、使用していたとする説をとなえる人いるが...

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洋式銃の置き台

幕末に日本は数十種、70万挺にも及小銃を幕府、各藩が輸入したと言う。よくそれだけ金があったものだ。さらに輸入銃を見て、幕府、各藩は自前で製造もした。しかし組織は幕藩体制のままで、扶持に従い、各武家に火縄銃の替わりに洋式銃が装備されたわけだ。倒幕側の藩はその点、例えば長州の奇兵隊のように軍隊としての組織になっているところもあった。特に東北各藩は、旧体制のままだった。画像の銃の置き台は、3挺の洋式銃を立...

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名札の付いた弾入れ(前弾薬盒)

ずっと昔、アメリカのガンショーで手に入れたものだ。その頃は面白かった。ガンショーの日程を[ショットガンニュース]と言う雑誌で調べ、地図で場所を調べ、週末、ドライブした。ガンショーの出展者も客も,99%白人の男だ。黒人はほとんどいなかった。東洋人も私以外には見ない。そういう世界だった。画像のこの前弾薬盒は一つしかなく、特徴と言えば、前期型(蓋止めの革帯通しが真ん中にひとつしかない、かなり使いこまれてい...

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沢山の「早合」

「早合」(はやごう)は前装銃(銃口から火薬や玉を込める銃)に使われた、1発分の火薬を入れておく容器のことだ。木、骨、日本では竹などを筒にして、蓋を付けてある。銃の大きさで早合の大きさも異なる。勿論、西欧で火縄銃、火打石式銃と一緒に使用されており、西欧の画を見ると「マスケティアー」(銃士)は肩掛けの紐に一定間隔で、早合を身に付けていた。胴乱(腰に付ける鞄、語源は知らない)に、入れておくこともあった。...

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日本刀を持ってきたアメリカ人

ここコネチカット州は秋も深まり、良い天気だ。昨日、外で屋根職人と話をしていたら、前に小型トラックが止まった。オジサン風の男が降りて来た。この町の人間らしい。私が日本の武具研究をしていると知ってのようで、自分の家で日本刀を見つけたが観て欲しいと言うことらしかった。トラックから持ち出したのは、一振の脇差だった。刀身はなかごをみるまでもなく、古刀で、拵えも上手のものだ。私は刀の鑑定はできないが、多分「大...

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鏑(かぶら)矢 外国にもあるのか?

何度か、書いたが日本の弓矢、和弓は独特だ。中国のもの、西欧のものや、南洋のものと明らかに異なる。韓国のものは知らないが、恐らく和弓みたいではないだろう。韓国人も「日本の弓は韓国の真似ですよ」とは言えないだろう。宇田川先生もそう言わないだろう。何しろ弓が210cmの長さがある。鏃の種類は数え切れない。弦は逆に張る。私は弓には詳しくないが、世界的にみて同じようなものはない。なぜこのような独特な弓矢が発...

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歩兵砲の薬夾

1932年に、日本陸軍は九二式重機関銃、九二式砲兵砲という二つの重要な兵器を制定した。重機関銃はともかく歩兵砲は日本ではあまり評判が良くない。二つの機能を一つにした貧乏根性みたいに言う「評論家」が多い。映画「土と兵隊」の最後のシーン、大隊がまた次なる目的地に出発するシーンで、2基の歩兵砲(大隊砲とも言った)が馬に引かれて粛々と動いて行った。画像はこの歩兵砲の薬夾だ。口径70mm、長さ185mm、底の直...

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軍用携帯鋸 こんな便利な道具

日本ではあまり取り上げられてないが、アメリカで何回か、日本の軍用鋸、折り畳み式を見た。画像はその例である。ぐるぐると巻くことが出来るよう15個のジョイントで繋がれている。全体の長さは140cmにもなり、両側の穴に木製の柄を差込んで、二人の兵士が押したり、引いたりしながらかなり大きな材木を轢くことが出来る。良い鉄を鍛えてあり、刃は鋭い。青みを帯びた鉄だ。携帯するために巻くと17x16cmの帆布製の袋、...

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海軍伝統の25mm弾

帝国海軍は1930年代初頭、三菱商事の仲介でフランスから密かに13.2mmホチキス対空機銃を導入していた。1933年、九三式と制定。この機銃の特徴は大きな弾倉を使用し、普段は一般艦内勤務の乗員が戦闘時には銃座の弾薬補給係りとして戦闘に参加することで、弾倉の供給を円滑に行った。海軍は直ぐに13.2mmの口径を拡大した25mmを開発し、太平洋戦争が開始されると、整備のため入港する艦艇に25mm対空砲を...

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鉄砲鑑札ー昔の銃砲所持許可証

日本の銃砲管理は一般人に対しては世界一の水準だと思う。それでも抜けてる部分はあるだろう。ロシア拳銃トカレフが小船一杯分一挙に密輸されたとか。背景は基本的に日本の銃砲管理は「刀狩り」以来の伝統があるからだろう。現在、狩猟や、標的射撃のために「銃砲所持許可」を獲得するのは東大に入るより難しいことかもしれぬ。画像の鑑札は、慶應二年(1866年)と言うから幕末も幕末、幕府の権威も地上すれすれの状態だったこ...

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よく見つけた海自の20mm弾

画像は帝国陸軍が使っていた2種類の20mm弾だ。短い方が九七式対戦車砲、長いのは九八式対空、対戦車砲の薬夾だ。(これは弾丸がない。)九七式は全長が190mm、九八式は210mmだ。丸いのが500円硬貨だ。九七式対戦車砲はノモンハンで活躍したが、いかんせん対戦車としてはここまでが限度だった。弾丸には緑と白い帯が入ったおり、なかなか良い状態で、魅力的な弾薬だ。とても小さな信管も付いている。(この画像のも...

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大筒発射の画

日本の火縄銃は洋式銃が入るまで葯300年間、独特方式で銃の大きさを表示していた。それは一般的な銃口の直径で表すのでなく、弾丸の重さで表していた。例えば一匁筒と言うと、弾丸の重さが3.75グラムくらいで、口径に直すと9mm弱だ。これは火縄銃、もしくは火打式など前装の銃としては小口径に入る銃だ。弾丸は丸球。火縄銃で「大筒」と言うと大体十匁級の銃を言い、口径は18.5mmくらいになる。弾丸の重さは38グ...

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防弾衣の効果

8年ほど前、あるノート型パソコン広告の仕事をしていた時、ニューワーク警察署に容疑者から拳銃で撃たれた際に、警官が胸に抱えていて、弾丸がパソコンの中で止まり助かったと言う、実物を借りに行った。技術者が調べたら、弾丸(口径は不明)は画面とキーボートを破壊していたが、ハードディスクは壊れてなくデーターは健全であった。当時、その会社のパソコンは「タフブック」と言う名前をつけ、警察車両に搭載され、大きな成果...

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火縄銃装填の図

画像は江戸期の小版浮世絵「九十九太平記英勇伝」の一枚だ。小版はB5サイズか。火縄銃に火薬、弾丸を装填している図としては大変に珍しい構図だ。文章は「山含亭有人」記で絵は「一恵斎英幾」筆とある。何と、実の兄、秀吉に殺された「豊臣 秀次」とある。文章には彼は自殺したとあるので、この銃で自殺したと意味か。私が注目したのは、火縄銃が出てくる錦絵は非常に少なくて、ましてや銃に銃口から装填している構図はこれが唯...

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海軍のものだろう、黒く塗った弾薬盒

日本海軍は英国海軍を踏襲し、小型兵器や装具を黒く塗る習慣があった。塩気の多い海上が舞台なので、単なる錆染めでは不足だったので、その上に黒ペンキを塗った。以前にも書いたが南方の戦場は湿気、塩気、温度、とにかく金属や皮革、どんな素材も持たない条件が揃っていた。朝、梱包を開けた兵器や機械が夕方にはもう赤錆が出ていたそうだ。皮革やその縫い糸などは水に何回も漬からないうちに腐ってしまった。画像の弾薬飯盒は皮...

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5年前の今日は、

やけに良い天気だった。晴天で気温も高かった。いつも通りオフィスに行き、朝の打ち合わせが済んだ頃、東京にいた家内から電話があった。「ワールドトレードセンターに飛行機が衝突した。」と、なんてことはない、オフィスは同所から車で数分のところだった。家はその中間だ。息子に電話した、彼は学校が遅く寝てたらしいが、すでに家内の電話で知っていた。「デジカメ借りていい。」と聞いた。「どうするんだ、近くに行く、気を付...

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911の責任

本当にこのまま放っておいて良いのか。油の問題は、どうにかなるだろう。エネルギー革命が数年以内に起こるだろうから。しかしあの事件でも、1)本当にフロリダで単発機を練習したアラブ人がジェット旅客機をぐるっと回して、ニューヨーク市を目ざし、またワシントンを目ざし、目標に当てられるものか。私は自分で400時間飛んでいる操縦士だが、大型機の慣性は大きい、あんなにうまく目標の建物に高度と方向を維持し命中させる...

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911の影響

あれからもう5年か。長いようでもあり、短いようでもある。あの事件がなければ俺も違った人生を歩んだかもしれないと思うことがある。それにしてもあの事件の背景の問題は解決されるどころか、ますます混迷を深めていじゃないか。どうしてイスラム原理主義をあそこまで追い込んだのだ。聖書を読んでもイエス様はイスラエルの地を中心に教えを広め、ユダヤ教との確執が根底にあった。どうも妥協を知らない人間、多い。キリスト教、...

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信号銃海軍28mmの収容嚢

萱場 四郎氏は戦前の日本の技術界における天才のひとりだった。現在、活躍しておればノーベル賞もの研究活動も幾つかあったに違いない。日本海軍航空母艦の航空機着艦装置を開発したことで有名だ。だからカヤバは今でも緩衝装置では世界一流の会社なのだ。萱場博士の開発で忘れてならないのは、海軍の2連、3連の信号銃、照明弾銃だ。信号の色や種類で、メッセージを伝える、煙で風向風速が操縦士に理解できる、このために信号銃...

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知覧で発見した「火縄銃置き台」

昔、鹿児島の知覧に行った。目的は特攻資料館と武家資料館だ。武家資料館は武家屋敷から出た古いもの、家具、武具、食器その他を一切合財、町が保管してあるところで本格的な資料館か博物館を作るまえの準備段階だった。。武家屋敷の通りの突き当たりにあった。そこの収蔵物を見学させて貰った際、珍しいものを見つけた。火縄銃(薩摩筒が4-5挺あった)を床の間などに立てかけておく台だ。3挺の銃が立てかけれるようになってお...

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軽機関銃弾倉嚢の横帯

日本の軽機とその装具は英国のブレンに比較すると全て簡略に出来ていた。弾倉を2個入れる、収容嚢は厚い帆布と皮で箱型に出来ており、九六式6・5mm、九九式7・7mm共通のものだ。幾つかのバリエーションはあるが、大体が、表と裏が帆布で、横と底、蓋が皮革だ。大きめ厚い環が左右上部にありそこに茄子環金具の負い帯を付けて肩から担いだ。この負い帯がなかなかない。弾薬を30発づつ込めた弾倉は相当の重量だから、射手...

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教練用弾薬盒と判断した理由

画像の二つの日本軍用前弾薬盒は、一部皮革や代用素材を使用しているとは言え、本体は紙箱である。アメリカではこれらは、1944年末期から終戦までの間に製作された「ラストデッチ」(ガラクタという意味)と言う種に判定され、木製鞘の銃剣や、九九式小銃固照門などの装具とされている。(価格はかえって高い。)仔細に観察するに私はこれらは皮革材料が無くなって製造されたものではないと判断した。手前のものは紙箱に布張り...

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鏃の妙

日本の鏃(やじり)の特色はその多様性だ。以前、ピーボディのウイリアムス・モースが収集した日本の鏃に関して書いたことがあったが、よくこれだけ考えたと言うくらいいろいろある。勿論用途により、獣をうつ、鎧をうつ、板をうつ、また直ぐに抜けるようにする、抜け難くするなどいろいろ考えた結果だったに違いない。画像の透かしの鏃は明らかに、「切る」ためのもので、両面が剃刀のように鋭い。長さ70mm、幅35mm。重量...

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魅力的な37mm九四式砲弾

砲弾や銃弾の収集家は多い。装薬と雷管を抜いておけば安全なものだし、ディスプレーには最適だ。特に37mm弾は大きさが良い。片手で保持して装填できるのが37mm弾で、元はフランスなど欧州の口径だ。日本の九四式速射砲(1934年)の弾薬が画像のものだ。連隊に10門くらいが装備された砲だ。主に戦車や車両に対抗する砲だった。この砲をもう少し小型にしたものを、日本は航空機にも搭載した。九五式軽戦車にも搭載され...

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火縄各種

マッチやライターなど手軽な発火装置が一般化するまで、火縄は火種を保存し運搬するための重要な手段だった。勿論、火縄銃の発火装置は火縄を使った。火縄銃は火縄が燃え尽きて、火薬に着火して発射されると誤解している人が多い。火縄銃には引き金、バネ、ハンマーなど、一般の銃砲が備えている発火装置があり、ハンマー(火鋏と言う)の先に燃えている火縄が装着され、引き金を引くと、火鋏がバネの力で落ち、火薬に発火させる。...

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帆布引きゴム素材の拳銃収容嚢

1940年代、戦場が南方に移るにつれ、皮革製の軍用装具は帆布引きゴム素材か、ゴムの間に帆布を入れた素材に変ってきた。十四年式拳銃の収容嚢は前者の素材だ。後者の素材のものはみたことはない。また九四式拳銃にはこういう素材の収容嚢はなかった。(単なる布素材のものはあった。)画像は肩掛けの負い帯から腰に回す帯まで全てがそろったものだが、素材の硬化が進んでいて、帯など伸ばすことが出来ない。スプレー式のシリコ...

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プロフィール

japaneseweapons

Author:japaneseweapons
日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



刀,弓,槍,薙刀,甲冑,鎧,火縄銃,軍用銃,機関銃など日本の武器や兵器に関する須川薫雄の研究を紹介はここ:
日本の武器兵器.JP


スポーツアンティークは、スポーツ用品や玩具、江戸期からの日本の食器、家具また、合法的な武具・火縄銃や軍装備品もマニアの方々に用意しております。米・日で約40年間に渡り仕入れたものです。



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