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記事一覧

迫撃砲専用信管か?

先回、日本の2種の迫撃砲弾信管が同じものであり、しかもその信管に刻印から、山砲、野砲、加農砲などに共通のものであったことを紹介した。見るものは圧倒的にこの形式が多い。画像の信管は同じ八八式の刻印があるがずんぐりした椎の実型である。(前のものと同じく安全に処理された状態である。)信管は、すべて3種の金属のコンビネーションで製造されている。砲弾の基盤は鉄。本体は真鍮。そして頭の部分はアルミニュームだ。...

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日本の産業革命と兵器開発生産

大学時代の友人甲賀 大樹氏(機械工学)から「日本機械学会誌」川上 顕治郎氏「近代産業技術/アメリカ産業革命がもたらしたもの」と言う論文を送って貰った。1790年、独立以後1860年、南北戦争後までのおもに機械技術の特徴と発達史で、特にアメリカでは銃器開発生産の技術が重要な要素だったと、取り上げられていた。私の関心を引いたのは、19世紀はじめ民間で開発されたライフル銃(遠くの獲物を撃つための銃器で最...

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イーストウッドの挑戦 「父親達の星条旗」 戦争映画100選

アーリントン墓地の最大の目玉は、星条旗を硫黄島擂鉢山頂上に立ち上げた数名の兵士達のモニュメントだ。イーストウッドは愛国者であり、アメリカの歴史を疑っていない人間だと思っていた。この映画「Flags of our Fathers]は、戦争映画の最新作だが、そのテーマはこの星条旗を掲げた兵士とそれを活用した政府高官に対する「疑問」と「批判」である。共和党員のクリント・イーストウッドは、ルーズベルトや背の低いトルーマンを良...

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銃弾の威力

銃器を向けられたら、けして逆らってはいけない。車の中にいても同じだ。昔、兵営の近くで、金属板が売られていたそうだ。兵に面会に行く親が買い求め、息子に左胸のポケットに入れておけと、渡したと言う。金属板はポケットに入る寸法で、厚さは3-4mmだ。ステンレス製で磨いてあり、鏡や信号にも使えた。しかしこの板は敵の銃弾を防ぐことができたか。私が所持していた一枚から同じ厚さの見本を製作した。2枚の鉄板を合わせ...

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火縄銃弾丸は鎧で防げる。

某国立博物館の学者が書いた本の記述である。16世紀半ば、日本の戦闘に火縄銃が使われ始めると、鎧に変化があった。これは事実だ。その新しい鎧は火縄銃の弾丸を防ぐために厚い鉄製のものが採用された。と言うような内容だ。火縄銃射撃をしてみると、その威力は距離にもよるが侮れぬ。100mくらいであると3-5mmの鉄板は軽く打ち抜いてしまう。弾丸の鉛は柔らかいから鉄板は打ち抜けることができない、これも間違いだ。球...

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北朝鮮を即刻軍事制裁すべき。

このところアメリカの銀行でどうも私を疑っているな、と言う感じを受けたことが1度ならずあった。彼らには、私達がフランス人かロシア人か見分けがつかないように、朝鮮人か日本人か分からない。今日、米国連邦政府財務局公式発表で、北朝鮮が永年に渡り、偽ドル札を偽造し世界中にばらまいていたことが明白になった。キムジェンエル将軍様の直接プロジェクトであったとのことだ。彼を逮捕し裁判に掛ける必要がある。これは国際的...

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少し重い二式空挺隊用7.7mm小銃その2

二式小銃は画像のように結合する。結合部分は厚い鉄板で覆われている。銃身が機関部に入る部分に補強してあるからだ。従って、重い九九式小銃よりさらに重くなってしまった。これは空挺用としては議論があっただろう。しかしその頑丈さは白兵を重んずる日本陸軍としては譲れぬものであっただろう。銃の精度は200m(九九式照準の基本)で、九九式小銃と比較し、殆ど差はなかったそうだ。私のバンザイシュートアウトでの実験、こ...

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ある運送会社の名前

祝い事に受け取ったものに問題があった。その運送会社本社は、私が昔いた銀座の隣の建物で、社長の姿も頻繁に拝見した。元は単なるデパートの配送代理業だった。しかし、今は、素晴らしい会社だ。この社長やこの会社の努力なしに日本の宅急便の便利を私達は享受できなかったろう。障害者雇用にも熱心で、昭和通の昔の建物でパンを作り、私の会社でもお昼の会議などに出前して貰った。問題処理に来た地域担当の若者はしっかりした人...

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日本砲弾信管の謎

私は2種の日本の迫撃砲弾を研究している。勿論、中身の装薬は抜いてあり、信管は処理してあるので、完全に安全なものであるし、復元も出来ない。一つは91mmだ。昭十八と信管にあり、本体全長40cm、信管は6cmだ。もうひとつは81mm、昭十四年と信管にあり、本体は全長30cmだ。信管は91mmと同じものだ。この砲弾には「九七式曲歩一〇〇式」と白書してある。信管は八八式「野、山、加」と刻印したある。良質な...

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国も社会も、人間も動きを止めたら終わり!

今晩、同じボクシングジムの神谷 優季君、日本プロボクシング協会第20回B級トーナメント決勝戦の応援に行ってきた。神谷君の見事な勝利だった。フライ級だ。いつもの後楽園ホールだ。早めに着いて、彼とピューマさん達が丁度来たところに出くわした。神谷君の目を見たとき、手を握り、今日は「勝つ」と確信した。私と家内が応援に行った試合はすべてピューマジムの勝利だった。(諏訪君御免、アメリカに行っていて応援に行けな...

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これだけのものは出てない「二式小銃」の技術 その1

二式小銃は日本陸軍が空挺部隊用に1942年、九九式小銃7.7mmを元に開発、生産したものだ。これは改造ではなく、開発だった。7.7mmという大口径小銃を二つに分解、組み立てる、これは現在に至るまで世界に類のない兵器だった。分解、組み立てが数秒で行え、しかも九九式小銃級の命中率、白兵能力のある小銃を開発することは並では出来ないことだ。名古屋工廠で約2万挺が製造されたが、この小銃が前線に配備された頃に...

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破壊された携帯電話

去る17日火、某社でそこの次長に破壊された私の携帯電話だ。社の総務関連の責任者が弁償してくれるというので、新しいのを購入したが、まだ以前のパナソニックのように使いこなせない。ブログ製作にも大いに影響がある。某次長は2警察署を回され、夕方まで留め置かれた。私本人も暴行を受けたが怪我はなかったのだろう。こんなことで刑事告発しても、あの程度の人間とやりあうのは得策でないですよ、と言うのが刑事課長の言葉だ...

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アメリカ製日本の8mm拳銃弾

日本の銃弾は小銃弾、拳銃弾ともに薬夾、装薬そして包装など、長期保存用に製造されてなかった。「賞味期間」はせいぜい5年間くらいだっただろう。時間が経ったものは訓練に使う、もしくは絶えず戦争があったので、使いきるという観点からだった。戦後、戦場記念品としてアメリカ兵、軍属が持ち帰った日本拳銃を射撃するために、民間会社が何種かの8mm拳銃弾を発売した。画像の真ん中のものが1950年代の製造で30発入り。...

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日本の拳銃弾

日本の主な拳銃弾は20世紀初頭に南部 麒次郎氏が開発した。南部8mmである。薬夾の首がすぼまっており、口径の割りに威力が出る方式だった。首に三つのくぼみがあり弾丸を押さえてあった。3種の拳銃と一〇〇式短機関銃に使用された。画像は右から、二十六年式輪胴拳銃9mm弾。2種の8mm弾。弾丸が白いのと、赤いのがあった。白いのはニッケル系の合金、赤いのは銅系の合金である。小さいのは南部8mmを7mmに小型化...

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三八式騎兵銃 中折れ型 その2

この形式は改造としては本格的である。先回は銃を構えて右側しか説明しなかったが、左側の固定部分が独特である。単に蝶番を固定するのでなく、銃床側から銃側に直径約10mmのボルトが出て、挿入される。そのボルトは内側からのバネで固定されるので、銃側にその釦を押す板がある。その板の上に銃床側から鍵が伸びて、銃側のネジに固定される。元々、この小銃は中折れにすることなどまったく考えてもいなかった設計だから、銃床...

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九五式軍刀その2 柄

九五式軍刀は、機械製で美術刀剣でない、と言うことは述べた。鞘は鉄板でかなり丈夫である。ちなみに将校個人用軍刀の鞘は木製でその上に薄い鉄板をはり、さらに皮革で被ってある。なかには鉄板がなく、木鞘に皮革で被っただけのものがあるが、この手のものは大体良い刀身が入っている。日本刀型将校用軍刀の柄は、ホウの木を合わせ、鮫皮を巻き(上に大きな目が来るように)、刀身に近いほうは、環、上は太刀のそれを模した被い、...

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三八式騎兵銃 中折れ式 その1

アメリカで最近手放したもののひとつだ。とても程度が良く、しかも珍しい兵器で、多分海軍空挺隊が使用したものだろう。三八式は歩兵銃と騎兵銃では、発射音がまったく異なる。歩兵銃は銃身が長く、「ドスン」と言うような腹に響く音だが、反動は少ない。騎兵銃は「パアーン」と言う甲高い音で反動がある。大戦初期、陸海軍の空挺部隊が南方で活躍した。陸軍は映画「空の神兵」を見ていても二式小銃が配備されるまでは、兵器は箱に...

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3種の日本拳銃の撃針(ストライカー)

日本の軍用自動拳銃は約43年間の間に3種開発生産された。(南部小型7mmをのぞく。)ターク氏をはじめ「評論家」たちは子供向けにこれらの拳銃は設計も、性能も悪いと言い続けてきたがそれは、吉田氏や葉山氏、及びハリー・ダービィ氏のような研究者の知識からみたらお粗末な内容だった。ターク等は標的を使わず、ビンや缶を撃ったり、記事は遊び半分なものだった。(日本兵器史における「月間GUN」の罪は重い。)この3種...

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ストーカー「逮捕」

今日は大変な一日だった。「日本の武器兵器」の記事は休む。朝、1km泳いで帰ったら、通勤途中の娘からの電話。以前から悩まされたいた、50代の男に電車の中で、また脅かされたと泣きながらの内容だった。この男に関しては私どもは家族一致団結して、その勤め先を突き止めていた。勿論「面も」。家内とその会社に走り、ロビーで待つことしばらくして、娘の言った通りの服装で入り口から入って来た。(彼は一旦出勤し、社の作業...

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九五式軍刀の番号

九五式(1935年)下士官用軍刀は大隊に約60振りくらい装備され、下士官が分隊の指揮を執る際に使われた、日本刀形式の軍刀だ。今や、日本では見ることは出来ない。なぜなら美術刀剣でなく、武器だからだ。全長96cm、刃長67cm、重量1・6kgくらいで、材質は単なる弾力のある鋼材で、美術刀剣にある焼きの刃紋や肌の種類はない。単にぴかぴかしていてステンレスのようだ。めったに錆びたものはみない。従って、この...

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二十六年式拳銃の本もんの実包

明治26年(1894年)に制定された日本初、唯一の輪胴式拳銃、二十六年式はあらゆる意味でユニークだ。ダブルアクション機能しかなく、道具なしに分解、組み立てが出来る。仕上げは最高級だ。およそ57000挺が東京小石川工廠で製造された。日中戦争時には、十一年式軽機関銃手のサイドアームであった。他の日本の小火器と同じように、今、本ものの実包がほとんどない。あっても装薬の劣化で撃てない。口径9mmとのことで...

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海軍二式内火艇 菅野氏論文の補足として

海軍が九五式軽戦車を世界でも珍しい水陸両用にしたその開発の努力は評価されよう。フィリップ・トレウットと言う人が書いた本「装甲戦闘車両」にはかなり詳細にその内容が出ている。軽戦車の前後に鉄板製のフロートを付け、後部にはスクリューと舵があるので、戦車は戦車、フロートには水上にある間の推進力と操縦が出来た。戦車をそのまま浮かすという発想は1930年代から日本海軍では考えられていたそうだ。乗員は5名なので...

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海軍陸戦隊戦車隊の研究 菅谷 雅彦氏筆

海軍陸戦隊、特別陸戦隊、空挺隊、警備隊などに関して知りたいことは沢山あったのになかなか資料に巡りあえなかった。(終戦時には全体規模60万人と言う大地上兵力だった。従って様々な地上兵器を装備していたわけだし、タラオ、硫黄島、沖縄などで陸軍兵と同じ戦闘をした。)菅谷 雅彦氏が今回まとめたA4版40ページの「海軍陸戦隊戦車隊と館山海軍砲術学校」という論文はその中でも海軍が装備していた、戦車、装甲車に焦点...

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折り畳み式銃剣の嚆矢 四十四年式騎兵銃

銃の銃剣を折り畳み運搬、射撃して、白兵戦闘になると銃剣を伸ばす。これはなかなかのアイデアだった。日本の四十四年(1912年)式騎兵銃が世界初の試みだった。騎兵銃は、村田銃十三年、十八年、二十二年、それに三十年式、三十八式いずれも歩兵銃を短くしたものが製作され、村田騎兵銃には銃剣は装着できなかった。19世紀には騎兵は銃剣のほかにサーベル型の騎兵刀を下げ、接近戦、突撃になるとこの刀を抜いた。その後、騎...

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芸術的明治の技術 三十五年式小銃

この形式の小銃は日本帝国陸軍の為に開発されたものではない。明治35年(1903年)は日露戦争の直前であった。日露戦争用には三十年式小銃60万挺を生産すべく東京小石川工廠は大童であったはずだ。不思議なことにこの時期に、海軍陸戦隊用に三十五年式小銃が開発、生産された。そしてこの銃の品質は全てにわたり最高級なものだった。画像は円筒(レシーバー)を上から見たところだが、その独特な遊底被いが見て取れる。この...

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侮るかなかれ明治の技術

明治維新後大体30年間で日本の兵器開発製造技術は欧米に追いついた。だから日露戦争でも武器兵器に関しては日本はロシアに何ら遅れるところなく、むしろ無線の採用、爆薬、信管の改良、機関銃や小銃の統一した装備などロシアを上回っていた。画像の拳銃は1902年(推定)南部 麒次郎氏が開発した南部大型拳銃である。複座バネが銃身の左側に装着され後ろからみて左右対称でない。口径は8mmでこの8mm弾は1945年まで...

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交詢社での話

現在、東京へ戻る途中だ。ケネディ空港のラウンジで書いている。便利になったものだ。時差で一日、抜けてしまうことが避けられた。11日に交詢社の内輪の集まりで、「鉄砲のことについて話てくれという」だけのメッセージを受け取った。対象者はどういう人で、どういう内容を期待するか、全然分からぬままにそれなりにあれこれ考えた。(乱暴な依頼だが。)「鉄砲なんかを趣味にしなければ本社役員になれてましたよ。」と言う言葉...

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グアム島の日本兵器博物館構想

アメリカで日本軍兵器装具の収集家の日本人達が集まると、いつも出た話だ。自分達が収集研究したものを日本人に見て貰いたい。しかし日本にはまったく受け手がない。それならば、日本に一番近いグアム島に皆の収集品を集め、展示する博物館を作ろう。(葉山氏だけでなく、吉田氏も「日本人に見せたいねえ」と言うのが口癖だった。)兵器も文明だ。特に日本人が大戦に突入してから民間も総力を上げて開発、工夫したもの(その技術が...

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8割が戦場から帰らなかった。

私が現在いるアメリカ東海岸、コネチカット州の小さな町の話だ。先日、近所の家の工事の件で、諮問がありよばれて町役場に行った。役場の掲示板に最近倉庫で発見されたという、この町から第二次世界大戦に参戦した100人余の若者の写真、一枚になったもの、が掲示されていた。町役場の女性がこのうち3分の1くらいが戦死したようです、と言っていた。陸軍、海軍、空軍,海兵など様々な制服姿の兵士が、こちらのスタイルだが、微...

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日本の半自動銃が出れば200万円。

こう棹式小銃(ボルトを操作して次の弾薬を装填する)日本の三八式、九九式、ドイツのモーゼル銃、アメリカのスプリングフィールド銃、英国のエンフィールド銃などは、肩に銃床を当て照準し、発射するが、薬夾を出し、次弾を装填するには、銃を一旦肩から外さなければ操作は難しい。一度、とても大きなアメリカ人が三八式騎兵銃を自分の肩から放さず連続して5発発射したのを見たことがあるが、身長190cmくらい手も異様に長い...

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プロフィール

japaneseweapons

Author:japaneseweapons
日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



刀,弓,槍,薙刀,甲冑,鎧,火縄銃,軍用銃,機関銃など日本の武器や兵器に関する須川薫雄の研究を紹介はここ:
日本の武器兵器.JP


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