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記事一覧

剣道稽古ギアは優れたアイデア

ボクシングの個人レッスンをクイック君から受けていた時、彼がヘッドギアを着け、胴には何も付けない状態で、打つ、よけるの練習を何度かした。「自分の胴を左フックで打て。」と言われるのだが、いくら相手がプロでも、何も付けてないところを、本気で打つには若干抵抗があった。打ち損ねて、リブなどに当たったらと。(彼にとっては私のパンチなど何の影響も与えないのだろうが。)ボクシングにもいろんなプロテクター(勿論胴も...

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「軽防毒具」は何であったのだろう?

ロンドンでは、元ロシア情報機関の亡命幹部が放射性物質で暗殺され、大騒ぎだ。画像の袋は70年間の時代を感じさせる布にゴム引き製の日本軍小型収容嚢で、○コ昭和十弐年(1937年)「九六式軽防毒具」と表記してある。中身はない。横30cm、縦18cmの厚みのないものだ。縦横を平紐(木綿の紐にゴム引き)を結んで閉める。そして裏側には皮帯通しが縦向きに付いており、腰に縦にして下げる。内部には今のビニール製遠足...

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大タヌキを許さなかった。

狸(たぬき)は古来より日本のいろいろな伝説に出てくる、またキャラクターとして愛されてきた動物だ。昨日の朝は大雨。一旦、地所内に仕掛けたワナ(トラバサミ)を雨具を着て片付けに行った。(雨の日は臭いが残らない。)ワナが落ちていたのに掛かってない、これは動物がワナの位置を知っていて、軽くてすばしっこいく逃げたことが毎日あったからだ。特に近所の畑に被害を与えるハクビシン、当家は普段私はいないので、地所内が...

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グライダー読本 戦前の数冊

現在の日本のグライダースポーツ原点は戦前の一般学生航空教育にあったことに間違いない。数年前、知り合いの古書店から9冊の古いグライダー本が持ち込まれ、入手した。清水 六之助、澤 青鳥、藤原 金太郎氏などグライダー界で著名な人々が書いたものだ。それらは、「グライダー」昭和10年、増田 正文著 岩波書店 [GLIDING SPORT] 昭和12年 S.SAWA 澤 青鳥 大蔵書店「滑空操縦読本」昭和15年 清水 緑、今井 克...

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「晒し粉」は日本兵の常備品だったか?

日本軍装備品の「消毒苞」と言うゴムの袋を2つ見た。いずれもまったく同じ寸法、作りだ。横18cm、縦29cmの平たいものだ。一つは昭和十三年、もうひとつは昭和十九年の表示がある。十三年製は緑色○コ、十九年製は茶色だ。(古いものは硬化しているが、十九年製○フの印字があるほう、画像は柔らかいほうだ。)コ、フは製造会社名だろう。晒し粉は消石灰(水酸化カルシュム)に塩素ガスを吸収させ白色の粉末で変化し易い薬品...

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銃身のみの火縄銃

大戦末期、民間から金属供出をさせ、それを兵器の材料とした。お寺の鐘なども出したと言う。こういうことは日本だけでなく、他の国でも同じようなことはなされた。南北戦争中、南部では家庭からブロンズを集め、それで拳銃のフレームを製造したことは有名な話だ。(輪銅部分は前装なので鉄)しかし、不思議なことに日曜朝の青空市などで銃身だけの火縄銃も良く見た。画像の銃身は長さ82cm、一般的な火縄銃の銃身が100cm内...

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市販のワナ トラバサミ

狩猟に「ワナ猟」がと言うのがあり、免許が必要なことは書いた。結構、面倒な試験だった。鳥、動物の絵を見てマンツーマンで名前を答えねばならない。ワナでは鳥類は捕ることはできないが。見たことも無いワナの操作もある。ワナの一つに「トラバサミ」(画像)がある。これは廉価で市販されて、誰でも買えるのだ。なぜ免許のない人も狩猟が出来るのだろう。(この二つのものは昔と現在だ。昔は真ん中の板がYだったが今はZだ。新...

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アメリカ軍マニアルにみる日本軍のブービートラップ

1943年から44年にかけてアメリカ軍は太平洋に散らばる日本軍の徹底研究を行った。主にガダルカナルでの戦闘で得た経験、鹵獲した武器兵器、捕虜からの聞き取り、それらをまとめたもので作成したマニアルで、戦後復刻版も多く出ている。その中に日本軍が九一式手榴弾を使用したワナ兵器(ブービートラップと呼ぶ)が紹介されている。本当にこれが日本軍の「制式」なやり方とは思えないが、多分中国戦線での経験から生れた九一...

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鉄砲鍛冶 全国にいた 安田先生の研究

昨日の松本から出た十匁筒の台のみ。果たしてどのような鍛冶がこの銃身をこしらえたのか。名古屋の歯科医、安田 修氏が東京国立博物館名誉会員小笠原 信夫氏の研究を引き継ぎ発刊した「全国鉄砲鍛冶銘鑑」によれば、信州松本住では、「国友 直定、国友 中島 長盛、そして富岡 善右衛門」の3名の名が見える。勿論、藩外に注文した堺、国友筒である可能性はあるが。私の父親の出現地の近く和歌山県新宮、あんなところと言って...

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火縄銃の台のみ

先日、亡くなった名和 弓雄先生は、火縄銃だけでなく、甲冑、捕り物道具などの権威であった。先生がよく言っていたことに「火縄銃の台だけとか、銃身だけには手を出すな。合うものを見つけるのはほとんど不可能。」との内容があった。画像の台は、はたして台だけで、完全なる平カラクリが付いている。松本の旧家から出たと言うので、松本の火縄銃であっただろう。全長108cm、先の部分に3cm幅の2本の赤帯が漆で塗られてい...

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恐るべき日本の6.5mm弾の精密性

日本の6・5mm弾は三八式歩兵銃、九六式軽機関銃、三年式重機関銃、どの兵器で撃っても、その命中率の高さが特徴だった。画像は6.5mm、九六式軽機で約100mの距離から射撃した、直径20mmの棒だ。私達が標的以外にこのようなものを射撃するのは珍しいのだが、リビー教授と行った各種実験のひとつだ。この棒の命中している部分には3発が同弾で、その下3cmのところに1発がかすっている。驚くべく集中だ。日本の軽...

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対空射撃と反射神経

人間の反射神経にはかなりの個人差があるし、また加齢とともに衰えるはずだ。運動選手、例えばイチローの反射神経は球場で見ないとその凄さは分からない。バッターがボールを打った瞬間に走りだす。ライトにボールが行ったらお終いだ。(テレビカメラの切り替えより早い。)今朝、猟場としている知り合いの敷地の奥深く、池に近づいた。バタバタと鴨が十羽ほど飛び立った。3号弾で2発続けて発射したが、かすりもせず鴨は飛び去っ...

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猪ワナ

猪は夜行性だ。昼間はめったに出て来ない。貪欲な動物で、しかも走る速度が速く、牙や鼻が強く地面を掘るのが得意だ。昼間は山奥のくぼ地で寝ている。犬でないとその居所は突き止められない。銃猟で捕る場合は2種類の方式がある。一つはグループが二手、勢子と待ち伏せに別れ、犬と勢子が猪を追い出し、銃の方に導く。これにはトレンシバーを使い、連絡を取り合う。銃はライフル銃かスラッグ弾(散弾銃に一発玉を入れる)だ。もう...

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「イカリ消毒」社 気になる会社名その2

画像は「イカリ消毒」のネズミ捕りマットだ。私はアメリカの友人にこれをよくみやげにする。とにかく性能が良い。ニューヨークなど大都市、地下のある郊外に家、どこにでもネズミがいて、皆とても嫌がる。これをあげるととても喜ぶ。航空機にも問題なく持ち込める。アメリカの同種のネズミ捕りはこのイカリ消毒の製品に比べたら、子供と大人の差がある。チェルシーのレンガ作りのオフィスでもネズミに悩まされた。一度出ると大騒ぎ...

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狩猟解禁

昨日、15日は北海道以外の狩猟解禁だった。これから2月15日までが期間だ。狩猟には「銃猟」と「ワナ猟」の2種類ある。私は両方の免許を保持しているが、釣りと同じで「狩猟」は自然との対話と考えているから、捕れてもよし、捕れなくても良しで、欲はないし、当然規則は守る。無理もしない。昨日は隣の武ちゃんの協力で猪ワナを9個セットしてきた。猪は10月その隣の秋元さんの奥さんが丹精こめたジャガイモ畑を一晩で、1...

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陸軍病院看護婦の射撃訓練

福島の友人、大越さんの家は祖父の代に一旦途絶えた。満州か北支に派遣された唯一の跡取りであった祖父が重傷を負い、それが元で結局なくなったからだ。残された、写真アルバムを見ていると負傷兵の写真、病院での写真に加えて、陸軍病院看護婦学校の様子の写真がある。画像はその中の射撃訓練の様子だ。三八式歩兵銃を使い、伏射姿勢で、横から教官が照準を修正している珍しいものだ。教官も力が入っていたようだ。この学校には3...

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アメリカ軍が作った日本軍対戦車地雷

画像の筒地雷は日本軍が大戦末期に使用した形であるが、アメリカ軍が訓練の為に製作したものだ。一つの木箱にこれと、九三式対人地雷、九二式対戦車破甲爆雷(磁石式)、九七式手榴弾などがセットになっており、すべてアメリカ人軍が鹵獲した日本軍兵器を見て製作したものだ。これは訓練に使用したものだ。訓練の目的は、これらの兵器に対応する策のためと、さらに戦場で手に入れた際に対日本軍用に使用する、ふたつの目的のためだ...

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折られた刀

知り合いの村山 常三郎氏(村山舞台装飾社前社長)が言っていたことだ。終戦直後、張りぼてを作る竹を綺麗に割る刃物がなかった。自宅にあった短い刀(脇差)を鉈代わりにしたら、満足の行く出来だった。(村山氏の会社は歌舞伎座をはじめ、テレビ局、イベントなどのセットを作る会社の大手だ。)当時は日本刀剣の価値はあまり認められてなく、刃物として、道具として最高のものだったので、多くの刀を折って更に短くして、竹割り...

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武士の粋 白柄の刀

幕末、欧米に遣わされた武士達は各地でその衣類、刀、道具類などの「粋さ」を称えられている。パリでは、武士が捨てた懐紙を人々が珍しがって拾いあったと言う。現在、日本では刀剣の研究や鑑定は盛んだ。しかし、最も目立つ二振りの刀の柄。体の真ん中に位置し、一番重要な武士のアクセサリー、この粋を述べたものは少ない。画像の刀の柄は、実にシンプルで、涼しげだ。白柄巻きだが、この素材は木綿の平たい帯だ。それをX字型に...

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金属製環状保弾子(メタルリンク)

日本の地上用機関銃は殆どが、帯状給弾の仕組みではなかった。これは南部氏の方針だったのか、三年式、九二式重機は板状、十一年式機、九九式軽機は箱型、の給弾の仕組みだった。弾薬を厚い保布に挟んで長い帯として給弾する仕組みは、マキシム、ブローニング、ビッカーズなど世界の主流であったが、日本はホチキスの仕組みを採用したからだ。しかし航空機用機銃には帯状の給弾システムが効率的であった。布ではなく金属で弾薬を繋...

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漆塗りの柄

日本刀剣の柄巻きは布紐と書いたが、実は皮革や布に漆を掛けたものもある。画像の3振りは刃長35-42,3cmの脇差の柄である。上は一般的な巻きではあるが、紐に漆が塗ってある。鮫皮は見える。これは拵えだけで刃は7cmくらいで折られている。(物資ない時代、よくこのように刃を鉈など生活用具にしたと言う。)真ん中は、平たい幅の狭い皮帯で巻いてあり、全体に黒漆が塗ってある。目貫は入ってない。皮帯の幅は異なるが...

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大戦末期の弾丸 7.7mm

第二次世界大戦中の日本の兵器生産は、1944年夏ごろから再び小火器の増産に傾斜した。(伊藤 槇吉氏談)しかし、すでに材料や熟練工の不足から、1944年春までの品質を保つこと困難な状況だった。それで昭和19年春から夏が、日本の小火器の品質の大きな転換期だった。その一例は1944年春から秋に掛けて、わずか1万挺弱しか名古屋工廠で生産されなかった一〇〇式短機関銃に見られる。製造番号初期と後期ではまったく...

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村田二十二年式小銃の性能と限界 その2

村田二十二式小銃(1890年)は「北京の55日」で知られる1900年北清事変に出兵した日本軍が装備していた。この形式の小銃が実戦に使われた大きな戦闘はこれだけだ。欧米の軍事研究家は、当時、各国の歩兵一人ひとりの前後左右から撮影し、装備を比較した写真を見ると日本兵の、この銃と極端に短い銃剣が印象深いと言う。国際前装銃連盟会長バッキー・マルソン氏は、二十二年式歩兵銃に銃剣を装着したものを見て、「敵の懐...

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6.5mm弾

日本の6.5mm弾は、日本の火器のみに使われ、他国の火器との共通性はない。三十年式小銃(歩兵銃、騎兵銃)、三八式小銃(歩兵銃、騎兵銃)、四四式騎兵銃、三年式重機関銃、十一年式軽機関銃、九一式車載機関銃、九六式軽機関銃などに共通の弾薬だ。画像、左の尖頭の弾薬は三八式小銃のライフルが6條から四條に変更になった、大正年間半ば頃以後のもの、右の丸い頭のものはライフル6條の三十年式小銃、三八式小銃初期型に使...

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二刀流とボクシング

剣道人に聞いた話だ。宮本 武蔵の二刀流は有名だ。普通の剣道とどこが違うのか。二刀流は左手に短い刀(脇差)、右手に刀を持ち、左足前に斜めに構える。彼が竹刀でこういう構成と対決したところ、左手の短い方がちょっかいを出すように突いてくる、それに対抗すると右が飛んでくる。やり難い。とのことだった。ここが二刀流の極意のようだ。二刀流はボクシングとまるで同じだ。ボクシングは右利きは左足を前に体を斜めにして構え...

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九五式軽戦車を是非動かして。

世界中に稼動できる旧日本帝国の戦車はあるだろうか?現在、日本にはない。画像はアメリカのA3戦車だ。ニューミルフォードと言う小さな町の広場に置いてあるが、九五式軽戦車は多分このくらいの大きさだっただろう。(ハッチから子供が体を出している。)日本の航空機は「零戦」や「五式戦な」ど、たしか1970年代くらいまでアメリカから飛べる状態のものがやってきてその飛ぶ画像を見た記憶がある。靖国神社には九七式中戦車...

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「文化の日」と「日本の武器兵器」

武器や兵器は「文明」であることに間違いない。科学や技術開発の歴史は相当部分、戦争に使われた武器兵器が牽引してきたからだ。よく言われるが、19世紀末から20世紀にかけて「機関銃」を製造でき、装備でき、運用できた国は帝国主義国になり、その他は植民地となったか混乱した。日本帝国は「機関銃倶楽部」に最後に入会し,同倶楽部のアジア唯一のメンバーだった。「文化」と「文明」の線引きは簡単ではないが、具体的な例を...

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拝啓靖国神社遊就館殿

拝啓。秋も深まり、境内の菊花展示が映えておりました。新館完成後は、以前に比べると、女性、若者、白人の訪問者比率が大きくなったと感じました。館内は撮影禁止でありますが、敢えて画像を添付させていただきます。(このブログで使用した後は消去いたします。)この銃はご説明にあるような「三十八年式歩兵銃6.5mm」ではありません。新館落成直後にもお便りを差し上げましたが、この銃は三八式小銃型「教練銃」です。良く...

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知られざる村田二十二年式小銃 その1

村田二十二年式小銃は1890年に制定され、三十年式小銃が出るまでの8年間しか生産されなかった。現存する同型の銃はアメリカにも少ない。早い時期に「廃銃」と言う刻印を押され、各種の教練に使用されたからだ。特に騎兵銃は見ない。構造は銃身下の筒状弾倉装弾なので、遊底(ボルト)を後退させ、右側の柄を下げて、内部の底板を下げ、一発づつ滑らせて筒に入れた。筒の先にはコイルバネがありそれが、弾薬を元に戻す力となっ...

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プロフィール

japaneseweapons

Author:japaneseweapons
日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



刀,弓,槍,薙刀,甲冑,鎧,火縄銃,軍用銃,機関銃など日本の武器や兵器に関する須川薫雄の研究を紹介はここ:
日本の武器兵器.JP


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