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記事一覧

大野 公市君の勝利と明野飛行学校 / Koich Ouno won his debut.

今日は陸上自衛隊明野駐屯地の秋田三佐に無理を言って、僕の講演を午前にしてもらい、三重県明野から後楽園ホールに直行した。第69回日本ボクシングコミッションの新人戦のためだ。渡久地ジムからは、愛媛県で漁師をやっていたがどうしてもボクシングの夢を捨てられず、東京に出てきて、昨年プロテストに合格した大野 公市君がフェザー級で第1試合に出場した。(13試合あったので後の方なら問題なかったのだが、6時開始だか...

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最近見なくなった帆布製弾薬盒60発入り / The canvas pouch is getting rare.

日本軍軍用装具は年々市場に顔を見せなくなった。この現象は日本もアメリカも同じだ。それに加え欧州の収集家が増えた。特にドイツ人だ。彼らは特別な許可証で実物兵器も収集できる。人気があるのは九四式拳銃だ。アメリカから日本軍の拳銃はどんどん大西洋を渡っているようだ。画像の帆布製弾薬盒は十一年式軽機関銃、射手と助手が各々2個づつ革帯の前に装着した。幅16、奥行き8、高さ10cmの大きさで6.5mm弾薬が15...

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日本古銃の特徴 象嵌(ぞうがん)装飾/ Crests inlays are charactaristic of Japanese Matchlock guns.

欧州の高級な銃には全体に細かい彫がほどこされ金銀の縁取りの装飾が見られる。日本の古い銃、火縄銃、一部改造菅打ち銃には、金、銀、銅、真鍮などの金属を大胆に象嵌した装飾が数挺にひとつくらいの割りで見られるから、これは「日本の古銃の特徴」であると言って良いだろう。このような象嵌には高度なデザイン能力と金工技術が必要だ。鉄の部分を浅く掘りそこに他の金属を埋め込み、叩き、磨き上げ、同じ表面とするのだ。銃身の...

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軽機関銃弾倉弾薬装填器 九九式軽機用7.7mm/ The ammo loarder for M-99 light machinegun

九九式軽機のことをある人の手記を読んでいたら、「満州で応召され、機関銃手にされたが、九九式軽機はまったくの「キカン銃」で、訓練では1発も的に命中せず、ソ連軍の侵攻に1発も撃つことなく降伏した。」と書いてあった。こんな日本兵ばかりだったらソ連軍も楽だっただろう。関東軍はあまりにも多くの中堅兵を南方に取られたので、訓練が出来なかったのではないか。九九式軽機は扱い易い、安定した、命中率の高い、威力のある...

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国立歴史民俗博物館 宇田川 武久展示代表者よりのお返事/ Dr. Utagawa's reply to me

私が指摘した、鉄砲展図録の「カラクリ」説明のページの間違いに関して、同氏から以下のようなお回答をいただいた。(売店に図録をリコールしろと書いたのだ。)「瀬川 様(名前からして間違っている。)貴重なご意見ありがとうございました。ご指摘のありました「カラクリ」につい回答します。ここのコーナーでは火縄銃の構造を理解するために、機関部のいくつかを展示いたしました。すべての機関部を展示しているわけではありま...

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軽機関銃弾倉弾薬装填器 九六式軽機用 6・5mm/ An ammo loarder for M-96 light machinguns

画像は軽機関銃手が絶えず持っていなければならないもう一つの装具だ。軽機1挺には大体8個の弾倉が用意されていたと言うが、これとて続けて撃てば30秒余で撃ちつくしてしまう。弾倉は厚い鉄板で出来ており、使い捨てではない。戦闘の合間、もしくは第2の助手がいて、空になった弾倉に次々と5発装弾子から弾薬を詰めた。そのための道具がこの装具だ。空の弾倉の口に装着し、5発づつの弾薬(小銃と共用のもの)を箱の中に3個...

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多様性が日本の火縄銃の特徴、だから何をもって「イフウ」とするのか?/Are they odd?

国立歴史民俗博物館の鉄砲展図録、大テーマのひとつに「日本への鉄砲伝来は中国人が中心の倭寇が種子島だけでなく、日本各地に鉄砲をもたらした。その証拠のひとつに(イフウ)という種類の鉄砲の現物、古文書が存在する。」と言う内容の記述があった。この説は,日本の火縄銃の実態を知らず、何の根拠もない。そもそも、日本の火縄銃は①伝来から文禄慶長の役、関が原、大阪の陣が終了するまでの銃。②江戸期幕末までの銃。このふた...

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軍靴と皮脚絆/ Foot gears for Japanese Army

日本での皮革で出来た靴の一般化には日露戦争はかかせないとよく言われる。それまでの日本人は殆ど靴を履いてかなかった。当然洋式にした近代的軍隊には皮革製の軍靴がひつであり、兵にこれを支給した。一方、日本軍の膝から下を被う方式はは3通りのものがある。1)一番一般的なのは布製の巻き脚絆(英語ではプッター、日本語ではゲートルと言う。)2)長靴もしくは半長靴。3)皮革製の巻き脚絆。僕の伯父が膝から下を絞った袴...

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有効射程(距離)150mはべらぼうだ。伝来直後の鉄砲/ It could not hit the target at 140 yards.

また歴博図録の話だ。58ページの「鉄砲の基礎知識」と言う欄に書かれてることには間違いが多い。伝来当初の鉄砲は何挺かあり、またこれを複製したものも存在する。銃身だけのものもある。この図録が言うように全長は100cmくらいのものが殆どだ。(洞先生の研究では銃身長が6-70cmとしていることも符号している。)しかし、僕が見たかぎり口径が図録のように(1cm前後)ではなかった。15mmはあったのではないか...

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小銃機関部を守る「遊底被」/ A dust cover on Japanese rifles

日本軍の主力小銃、三八式6.5mm、九九式7・7mmの機関部横には切り込んだ筋が入っており、そこにU字型の鉄板製被(ダストカバー)を装着した。日露戦争で使用された、三十年式小銃6.5mmにはこれがなく、満州の原野での、砂、泥、埃、雪、水などの異物が機関部に入り、稼動不良に悩まされたと言う。当時の写真を見ると、小銃の機関部に手ぬぐいのような布を巻いているのが見られる。これは威厳がない。三十五年式小銃...

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紀州鉄砲と鉄砲伝来は倭寇説

和歌山市立博物館から「歴史のなかの鉄砲伝来」図録内の「鉄砲は全国的に倭寇がもたらした。」と言う同博物館の論文に関して、僕が「その背景を聞いた質問」に対する誠実な返事が来ていたことは書いた。しかし、紀州の鉄砲に関して、「地元」が二つの大きな特徴を見逃していたのは残念だ。1)紀州筒の特徴は一般的銃(全長130cm、銃身長100cm、口径12mmくらい)は他の地域の銃に比較すると、細身で軽い。重量は2....

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陸軍将校用胴締め(略刀帯)各種と外人コレクター

帝国陸軍将校は被服の上から「胴締め」と言う帯を締めた。「略刀帯」とも言う。訓練や野戦ではこの帯に軍刀、拳銃をはじめ様々な装具が固定された。帯は厚い帆布製が多い。(厚さは大体4mmある。)胴締めの幅はどれも大体70mmだ。画像、右の帯が一般的だ。胴周り75から90cmに対応でき、締めた時、左側に軍刀を下げるようになっている。この部分に皮革の補強と金具が2個ついている。刀は長さ30cmほどの革帯の鉤に...

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洞 富雄先生研究 その1 / Dr. Tomio Hora a contravertial scolar

洞 富雄先生は1906年長野県旧家の生まれ、早稲田大学文学部教授として、日本史にふたつの大きな足跡を残した。(間宮 林蔵と樺太研究というテーマもあったがそれは取り上げない。)一つは「鉄砲伝来と日本史への影響」の3冊の著作があり、ほかにもさまざまな論文を書かれた。もうひとつは「南京大虐殺肯定論者」としての顔である。なんと中国共産党から表彰された。今回は、僕の火縄銃研究の恩人でもあった洞先生の「火縄銃...

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日本の柄付手榴弾/ a Japanese Mushpoter M-98 hand grenade

木の柄が付いて、それを握って投擲する手榴弾は映画に出てくるドイツ軍でおなじみだ。ドイツ軍は第一次大戦からこの形式の手榴弾を使っており、1930年代中国にも輸出され、また現地生産された。実物はかなり大きなものだ。手榴弾の難しいところは手投げなので、あまり威力が大きいと味方に被害を及ぼすこともあることだ。日本でも日中戦争開始の翌年、1938年、「九八式柄付手榴弾」が制定され、その年だけ、約10万本製造...

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火縄銃の「要」はカラクリ(発火機溝、システム)/ Most of this page are wrong.

日本の火縄銃には様々な形状のカラクリが存在する。大きく分けると、1)外バネ系、2)内バネ系の2種で、さらに各々に3種づつある。従って6種。(澤田先生は約10種に分けている。)国立歴史民俗博物館展示図録、63ページに「カラクリの種類」として5様の写真と説明がある。なさけないことにこの5様の写真には幾つもの間違いがある。(画像)○右下と左上は同じ外バネ系の平カラクリである。○右下の平カラクリには部品が欠...

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57mm砲弾/ 57mm cannon shell, is it for Browning

日本軍の砲弾だ。千葉の人が持ってきた。子供の頃、演習地(場所不明)の土の中から回収したと言う。痛みはないが発射されたものだ。口径57mm、全長20cm、重量(空)で2.8kg、鋳鉄製で中は空洞。下から30mmのところに幅25mmの銅帯が巻かれている。18個の幅5mmの筋(砲腔の刻みに噛んだ跡)が残っている。発射された際に付いたものだ。小口径弾と異なり、銅の帯で砲弾に回転を与えた。底には中心に直径1...

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江戸の銃砲管理/ Tha gun controls in Edo period

読者から指摘された、日本の銃砲史上、特記すべきことのひとつに「日本の銃砲管理」があった。17世紀以降、鉄砲を武士階級以外にも使わせたが、その管理は欧米にはないきちんとしたもれのないものだった。当然、武士階級の銃器は完璧に管理され、その製造、移動、保管、訓練などは許認可制であった。また刀狩り以来の官による民の「銃砲管理」実施、これは他の国にはなかったことだ。(現在でも日本の江戸時代以下の銃砲管理の地...

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軽機関銃初期の銃口蓋/a muzzle cover for early llight machinguns

先回日本の主力軽機関銃だった九九式7.7mmのねじ込み式の銃口蓋に関して書いた。画像の2挺の軽機関銃の右は十一年式(1922年)、左は九六式(1936年)である。両銃とも同じ弾薬6.5mmを使用した。(日本にある無稼動銃です。)銃口部分の外側が九九式と明らかに異なっている。口の部分には溝が掘られている。この溝は垂直から水平になるように掘られており、その深さと幅は2.5mmくらいのものだ。十一年式は...

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左利き用の火縄銃/Matchlock guns for lefties

僕の失敗のひとつだった。「日本の火縄銃には左利き用は無い。」と書いてしまったのだ。そのきっかけは、大阪堺市博物館の図録にポジを裏焼きした写真が掲載されていた。仕事がら気になり、博物館に調査を依頼した。博物館が印刷所に聞いたら、やはりそれは普通の銃のポジを裏焼きして、左利き用の銃のようになっていたのだった。肩付け銃床の銃、特に軍用銃には左利き用はない。アメリカで見る南北戦争イベント、パーカション式銃...

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日本への鉄砲伝来はポルトガル人によるものではないと言う説は出鱈目である。新/What a ridiculoous story that pirates brought the guns.

国立歴史民俗博物館展示テーマの一つ「鉄砲伝来は言われているポルトガル人によるものではなく、中国人を中心とした(無法集団)「倭寇」によるものだ。」だ。それはあまりにも当時の欧州情勢や「銃」そのものの実態に無知な意見だ。1990年頃、ポルトガル大使館で知り合った「ポルトガル銃砲学会(アカデミー)」会長レイナー・ダーンハルト博士から1994年に画像の本、ーポルトガル極東への銃器紹介ー「魅了した鉄砲」と言...

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九九式軽機関銃7.7mm 第二の整備属品/ the second pouch of accessories for M-99 LMG

九九式軽機関銃は日本軍の主力小火器として太平洋で活躍し、アメリカ軍に対し単独の兵器としては最も大きな損害を与えたと言われている。故障が少ないだけでなく、整備、銃身交換が簡単であったが、それでも兵器は機械であるから使用後は速やかに整備清掃を行う必要があり、そのための属品が2組用意されていた。先回紹介した皮革折りたたみ式の組が第一のものだ。画像は第二のものである。完全な組で、多分日本でもアメリカでも完...

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海軍砲弾の信管容器/ a canned fuse for Navy cannnonshell

陸軍砲の信管は頻繁に見るが、海軍のものはあまり見ない。佐山 二郎・竹内 昭氏「日本の大砲」も陸軍砲だけだ。陸軍砲は「八八式」信管、1928年が各種使用されている。画像はブリキ缶容器と、信管の頭の部分(コーン)だが、頭部だけで高さ60mm、ネジ部30mm、計9cm、最大直径57mmの大きなものだ。このコーンの内部に木製の詰め物が入っている。これに検印が押してある。容器にもスペースがあり、この下に信管...

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炊飯用の携帯燃料/ a can of portable cooking fuel

日本軍の主食は米だった。米は嵩張らず運搬は楽だが、ほとんど毎日これを炊飯する必要があった。そのために現在はボーイスカウトなどでしか見れない飯盒を、個人装具として背嚢に結び付けていた。平時の一兵士当ての配給量は6合であった。アラバマのロイ・クーパー氏(故人)から、彼の沖縄戦に参加した友人から手に入れた炊飯用の携帯燃料を貰った。画像のような紙巻きの説明が残っていて、大変興味深いものだ。寸法は直径65m...

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八九式重擲弾筒の収容嚢/Cases for Model 89 portable mortars

八九式重擲弾筒は個人携帯できる口径50mmの小型迫撃砲であり、大戦後に至るまで、日本軍独特の兵器だった。(戦後、英国、イスラエルで同じような兵器が製造された。)1970年代、アメリカのガンショーではせいぜい数十ドルで売られていた。当時、サンフランシスコのジェームス坂田さんに連れられて、2人で人気のない海岸に行き、実弾(装薬は抜いてあったが)発射を実施した。発射薬は砲弾底の銅で出来た部分に黒色火薬を...

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”日本の火縄銃は東南アジアの銃と酷似”という説/the story that Asian guns are very smilar to Japanese match locks.

1988年9月5日付毎日新聞に「兵器の文化史などに取り組む」研究家の「鉄砲伝来倭寇が主役」と言う半8段ほどのかなり大きな記事が掲載された。(画像が大先生の新聞記事。)「”ポルトガル人説”(が伝えた)は誤り」がその主旨だった。彼は「鉄砲記」をほとんど否定し、中国側の資料から16世紀前半、中国人中心の「倭寇」が日中交易に活発で、彼らが日本に鉄砲を持ち込んだとしている。日本への鉄砲伝来にポルトガル人存在を...

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モリブデン鋼の九十式鉄帽と三八式銃弾

日本陸軍は1930年、鉄帽(通称鉄兜)を制定し、全軍に配備することとした。それまでは軍帽で戦闘していたが、砲弾や銃弾に耐えるため特に材料を研究して、モリブデン鋼を選んだ。形状はごく一般的なもので、世界の多くの国の鉄帽に比較すると特徴はない。大小、二つの寸法があり、カーキ色に焼付け塗装されて、正面には鉄の☆が付いていた。モリブデン鋼は日本製鋼などに生産させた。内部は皮革で3個の枕で頭を抑え、頭への固...

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狩猟の精神は守られているか?

狩猟は原始から人間の生活を支えてきた活動で、今はスポーツだ。欧米、日本でも紳士のスポーツと言ってもいいだろう。画像は皇居のお堀のキンクロハジロだ。欧米と同じく、人間を恐れる気配はない。悠々としている。僕に家の近所の川(幅10mくらいか)にも数年前からカルガモが住み着いた。今では15羽ほどが観察される。都会の鳥はどうして人間を恐れないのだろう。都会にはハンターがいないからだ。11月15日、狩猟解禁当...

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九九式軽機関銃の銃口蓋 整備用品その7

日本軍は銃腔に異物が侵入することをとても嫌った。そのために銃や機関銃には様々な工夫がされた。その一つが画像の2種の九九式軽機関銃の銃口に被せる蓋だ。九九式軽機には銃口部分外側にネジ山が切られており、消焔器をスパナで装着した。同じネジ山を使い、長い方(上)が初期型の銃口蓋。短い方が後期方のものだ。両方とも長さは25mmだが、長いのは長さ45mm、蓋は大きく直径20mm、口の直径は10mmだ。短い方は...

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奴の木刀/ a wooden short sword for a servant of a Samurai

「奴」は正月に上げる凧の意匠だったが、元は武家に仕える、した働きの男で、いわゆる「下男」だった。「下僕」とも言った。階級的には武士ではない。戦国の時代は「足軽」として戦闘に参加した階級の者だった。武士が役場に行き来する際に、荷物を運ぶ、馬を世話するなどの役目だった。武装はしていなかった。大分前になるが画像のような木刀を見つけた。素材は樫ではなく桜だ。全長40cm、柄12cm、太い部分は35mmx2...

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十一年式軽機関銃整備属品 兵器整備用品その6/ a set of M-11 LMG maintenance kit

十一年式軽機関銃(1922年)は、弾倉を使用しない日本独特の兵器だった。歩兵の三八式用弾薬5発装弾子をそのまま使用できる利点があったが、部品の数が多く、丹念な整備が必要だった。機構はホチキス方式ガス圧利用だった。画像の属品収容差しは厚い皮革製で、伸ばした状態は44cm、幅13.5cmである。およそ銃の整備に必要な工具と予備部品はこれに収まっていた。左外側にはU字型に予備複座バネ(コイル状のスプリン...

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プロフィール

japaneseweapons

Author:japaneseweapons
日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



刀,弓,槍,薙刀,甲冑,鎧,火縄銃,軍用銃,機関銃など日本の武器や兵器に関する須川薫雄の研究を紹介はここ:
日本の武器兵器.JP


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