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記事一覧

二十六年式拳銃の技術/ A Cleaning Rod of Model 26 Revolber

日本最初の制定拳銃二十六年式(1893)はその機能、性能を非常に低く言う日本人がいるが、これは実物を見ていないからだ。維新後、一世代で製造されたものとしては、二十二年式小銃などと同じく、日本は考えられない速度で欧米の技術に追いついていたひとつの証拠だ。一応、私の分析では三十年式小銃(1898)で欧米技術水準に追いつき、三十八年式小銃(1906)で完全に欧米を追い越したとしているが。画像は二十六年式...

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日本の弓にも鉄製のものがあった。/ There was an iron Japanse bow.

近所の高校では弓道部部員が駅から弓を入れた長い袋に、矢の入った筒を結び付けたものをえっちらと運んでいた。これに稽古着がいるから大変なかさだ。かわいそうになった。これでは和弓をやる人間は増えない。道場にロッカーなどはないのか。日本の武道の遅れている一面だ。日本の弓は長い。210cmくらいあるので、写真に撮り難い。画に描いても同じだ。画像の巻物はいろいろな種類の弓だけのものだ。幅が27cm、長さ数mあ...

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「サウンドエデティング」賞受賞「硫黄島からの手紙」アカデミー賞

今見ているWOWOWの「アカデミー賞授賞式」の中継で、サウンドエディング賞部門で、「硫黄島からの手紙」が受賞した。兵器や爆発の音の編集が優れていたと言うことだ。僕はこの映画は音楽が優れていたと感じていた。クリント・イーストウッドが自ら作曲したものだ。授賞式の説明では、地面に九九式軽機関銃を置いて、射撃している横で録音しているシーンが映されていた。九九式軽機は良いのだが、九二式重機の音は駄目だった。あれ...

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八八式榴弾 世界一小さな砲弾/ A small shell Model 88 for M89 mortar

八九式擲弾筒については何回か書いた。日本陸軍、海軍陸戦隊の兵一人で携帯、発射できる小型迫撃砲だ。その砲弾が八八式榴弾だ。世界一小さな砲弾だろう。全長148mm、直径49.5mmで本体は黒塗りだ。先端の赤は起爆するという意味で、黄色の帯は装薬が高性能のものと言う意味だ。(白帯が入っているものもあるがそれは位置で金属の固さを意味した。)画像のように3部分から構成されている。信管は真鍮製で、高さ25.5...

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日経さん記事の間違い「洋菓子伝来鉄砲とともに」 / Nikkei sometimes makes mistakes.

今朝(2月26日月)の日本経済新聞15面「ビジネスレッスン」の半4段の記事のことだ。不二家の事件から始まり、実は洋菓子は日本では400年間以上も歴史のある産物で、現在の洋菓子界の水準は欧米以上のもので、日本人は世界で各賞を受賞している。しかしこの400年間に栄枯盛衰があり、消えていった老舗もある、と言うような内容だ。実は日本人が「和」のものと思っている、様々なものが16世紀の大航海時代に欧州から伝...

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鉄砲を撃ち終わると長槍隊が突撃。 江戸の調練 その5/ Guns wihtdrew and Spears went ahead

この調練は野砲や火縄銃隊を主力にしていたが、長槍隊もかなりの規模だった。また被服は完全に和式でまだ洋式との混合ではなかった。画像は鉄砲隊が発射したあと、後ろに下がり、槍隊が前身する様子が描かれていた。もうひとつは、隊全体が位置を交代する有様だ。鉄砲隊は青い羽織を着ているが、槍隊は茶や赤の羽織だ。 後ろに見物人が溢れている。徳丸原の調練でも同じだが、どこから来たのか見物人(マスコミもいただろう)が大...

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渡久地ボクシングジム/ So I started Boxing.

僕は年取ってからボクシングを始めた。それそこ☆の数ほどスポーツがあるが、今まで水泳とか筋トレは随分やったが、、年取ると「反射神経」が鍛錬の鍵だ。年齢なりに金や地位のある人でも、それより重要なのは「身体能力」だ。「身体能力」は「健康」が元だが、それより今一歩進化したものだ。いくら偉くても、金があっても、イエスさまの言うように意味はない。「身体能力」は昔より同じ年齢で10年は若い今のシニア層のこれから...

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謎の照準眼鏡/an unkonwn optical sight

画像の90度曲がった小型照準眼鏡はアメリカでは良く見るものだが、だれも正確に何に使用されていたものか知らない。私は陸軍の13.2mm、20mmなのの対空火砲の照準眼鏡だとおもう。銃本体から簡単に取り外せたので、これだけを「みやげ」に持ち帰った奴が沢山いたのだ。筒の直径は几帳面にも両方40mm、先の方は長さ150mm、元の方は110mmときちんとした大きさだ。曲がり角はプリズムだ。柄が付いている。こ...

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ふれあいふくしま懇親会/Fukushima prefecture's party at Tokyo

今夕、都心で「ふれあいふくしま懇親会」が開催され、新しい佐藤県知事が来られた。僕は福島県とは地縁、血縁はないが、「しゃくなげマスコミ会」会員で、福島県のことを東京でPRするボランティアをやっている。福島には山荘があり、そこが研究、渓流釣りそして狩猟の拠点だ。一年のうち何週間か過ごす。ゲストの挨拶にもあったが、福島県は「人心が良い」。それが売り物だと言う話はまったく同感だ。そして箱根駅伝に福島県出身...

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日本の野砲の始まり 調練絵巻き その4 / Firld Cannons in late Edo Era

ロンドンで購入した「葵」の旗印の調練絵巻きは先回より紹介している通りだ。徳川幕府は紆余曲折はあったにせよ、1841年に長崎の高嶋 秋帆に徳丸ガ原で洋式砲術の調練の演武を行わせていたし、このような火縄銃を使ったものではあるが、大規模な調練も行っていた。北川女史はこの絵巻きは高嶋に教授された江川門下の天保年間のものとしている。絵巻きに描かれた野砲は2枚の画像の通りだ。全部で12門ある。砲手や弾薬箱の様...

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九二式重機関銃とその眼鏡/ an optical sight for a Model 92 heavy machinegun

九二式重機関銃は日本陸軍の主力地上兵器であり、その元は1898年の保式、1907年の三八式、そして1914年の三年式、いずれも6.5mmだった。それを1932年に7.7mmに拡大した。三年式と異なる点は口径拡大の他、引き金が押し鉄になった。両手で柄を握り、柄の真ん中の部分を親指で押すことにより発射した。三脚架が贅沢なものだったので、長距離射撃の命中率が高かった。(戦後、自衛隊用に再製造しようと言う...

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ボクシングジムへ修学旅行きたる/ Students's visit to the boxing gym

今日、ジムへ行ったら滋賀県近江八幡からの修学旅行の中学生が体験に来た。面白いことやるな、と感心したし、中学生の背が高いのに驚いた。(カナダ人のロイド君も「皆、背が高いね」と言っていた。)渡久地ジムは東京タワーの直ぐ近くだ。(歩いて数分)そのせいか知らないが今日の午後は、男子と女子の二つのグループに分かれて東京に修学旅行に来た中学生が、ボクシングジムに体験に来たのだ。僕は男子の部にしかいなかったが、...

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軍事おばさん北村 陽子女史の論文/ a military lady wrote about Mattew Perry's gift

先週の18日土曜(東京マラソンの日)、シンポジュム「江戸の砲術」板橋郷土博物館と日本銃砲史学会共催がはるばる板橋の地で開かれた。私はクラブでの昼食会が長引き、それこそマラソンして地下鉄を乗り継いで駆けつけたが、内容は聞けず懇親会のみに参加した。しかし横B4版の大型資料を読んでいるうちに、約30ページにわたる、北村 陽子女史(銃砲史学会、海洋史学会会員)の「ペリーのボート・ホーイッスル砲について」と...

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絵巻き物に見る江戸の大演習 (調練)その3/ the Tokugawa's Dri.ll from a roll of drawings #3

太平の世は、19世紀初めの異国船の日本近海出現で壊れつつあった。特に長崎のフェートン号事件(1808年)は幕府の再軍備に真剣な圧力を掛けた。この大演習はその頃のものではないか。欧米では菅打ち銃(パーカッション)が出現していたのに、まだ火縄銃だったという象徴的な画だが。12門ある野砲、オランダから得た情報で国産化したのであろう。勿論、滑腔、前装、榴弾を使用したかは不明だ。高嶋 秋帆の1941年、徳丸...

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中村 幸裕のオオカミ攻撃で、2回KO勝ち/the "Sharp Wolf "Nakamrara won by KO

今夜行われた協栄主催「ガッツファイティング」の試合だ。当、渡久地ジムからフェザー級4Rで、中村が出場した。中村は麻布中高から慶應義塾(経済学部で僕の後輩である)大学の2年生だ。東大受験して1浪している。進学校からきた普通の大学生だ。昨年プロになったから、塾の体育会拳闘部員ではない。1勝していた。「ブッタ倒します!」とファイト満々だった。試合前、廊下の暗いところでも目が「らんらん」としていた。最初か...

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三菱製のイスパノエンジンか。/ Mitsubishe made Hispano Suiza Engine in 1920'S

日本の航空はライト兄弟の飛行から10年後、徳川大尉代々木練兵場での飛行で始まった。ライト兄弟の勝利は、空洞実験を考え付いたこと、それと自転車屋として内燃機関に興味知識があったことの2点だ。彼らは専門教育を受けてなかった。しかし類まれなる「創造力とチームワーク」でこの偉業を達成した。先日、明野飛行学校で中島一佐等のご案内で学校内ツアーをした際に「明野陸軍飛行学校」の資料館を見学させていただいた。徳川...

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江戸の演習 その2 戦闘では「切り火縄使用」/ Samurai's drill in Edo Era

一昨日の徳川家の大演習図巻物の部分から、火縄銃の使われ方で興味ある点を見てみよう。火縄銃に使用する、また一般家庭で火種保存に使用する火縄は、木綿、竹繊維、麻、棕櫚などで編まれた直径7mm-1cmの縄を硝石で煮込み、1.8m-3.6mくらいを直径20cmくらいに巻いていた。銃を撃つ時は左手に巻いた火縄を通していた。しかし一旦この火縄の輪に着火すると、始末に負えない。なかなか消えないのだ。どんどん燃え...

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狙撃眼鏡 九七式用に改造したもの/ A sniper scope remodeled for Model 97 sniper

およそ、外部から照準を調整できないスコープは、合致してない銃以外には使用できない。ある時、壊れた九七式照準眼鏡を見つけた。衝撃か何かで、内部のレンズが割れたか外れたのだろう。外部は傷んでないが、覗いても何も見えない。これを購入し、日本の「名人」に台だけ使い、調整可能な近代ライフル3倍眼鏡を取り付けて貰った。これは大成功だった。バンザイシュートアウトに持っていって、ビンス・リナルディに1挺の九七式狙...

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江戸時代の大演習巻物 その1/ A Military Drill in Edo Era from a roll of colored drawings.

昔、ロンドンに行ったときに大英博物館横の日本のモノばかり扱う骨董屋で見つけた。主人はマイクと言う名前だったと記憶しているが、気味が悪いほど日本の骨董に詳しい男だった。そこでは行くたびに、李満弓、弓矢台、火縄銃、などを購入した。この絵巻きものは、その中でも最も高額だった。この購入の為に後で食うや食わずの苦労したことを覚えている。しかし、最近、板橋区立博物館の昔と現在の展示図録を見ているうちに思い出し...

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九七式狙撃銃6.5mm眼鏡/Model 97 sniper's optical sight

僕は随分長いこと、日本の狙撃銃に興味を持っていた期間があった。ロスの葉山さんにいろいろ教えて貰い、銃と眼鏡を収集し、葉山さんは殆ど射撃はしないが、僕はアメリカでかなり撃ってみた。(葉山さんが全米一、世界一の日本の狙撃銃、眼鏡の収集家であることに間違いない。)別なアメリカ人研究家から、昔の眼鏡を使うと、衝撃で、内部のペイントが剥がれ良くないと言われた。どちらにせよ、5組持っていた九七式狙撃銃(193...

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国立歴史民俗博物館展示「鉄砲伝来」の総括/My final comment for National History Museum's Exhibition

昨年11月末まで行われた同展示に関しての様々な疑問は書いた通りだ。その内容について議論するつもりはない。総括すると以下になろう。同展示は実施グループの幾つかのすでに存在していた仮説、新論を述べるために利用したものであった。それらは、1)鉄砲を日本にもたらしたのはポルトガル人ではなく、中国人を中心として倭寇であった。その銃は東南アジアの銃だった。(「伝来」と「伝播」を混同しているとしか思えない非現実...

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九九式狙撃銃7・7mm眼鏡/ a Model 99 Sniper Rifle’s optical sight( scope)

射撃は古来より伝書にあるよう「当たるもの、当たらぬもの、当たらぬもの、当たるものなり」(宇田川先生の講演より)、誠に微妙なスポーツだ。オリンピックでもノーマークの選手が金を取ったりしたそうだ。(安齋さんの話)しかし、軍用となるとそうはいかない。とにかく敵を倒すのが目的なので、日本軍も必死になった。重要な人物、指揮官などを狙撃して倒す。これは効率が良いので、欧米では19世紀半ばから研究され、狙撃眼鏡...

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軽機関銃用眼鏡九九式7.7mm用/ An Optical Sight of M-99 Light Machinegun

軽機関銃(1名の兵が携帯でき、2脚を使い運用する)に照準用眼鏡を装着したのは、およそ日本陸軍の九六式(1936年)と九九式(1939年)だけであった。画像は「TOKO]製の九九式軽機用眼鏡、2.5倍x13°である。大きい筒のほうが後ろ、射手の目にくる側で、ゴムの緩衝輪が付いていたが、今やそのゴムは硬化している。「J.E.S.ねじ」の表示。全長18cmだ。機関銃尾筒(レシーバー)に右横の溝があり、そこに後...

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帝国海軍空技廠製双眼鏡/ A Navy binocular made at Navy Arsenal five- power

陸軍双眼鏡の八九式か十三年式かを調べるために収集品を見ていたら、海軍の双眼鏡が出てきた。完成度の高い、明るいレンズの双眼鏡だ。収容嚢を比べてみても、陸軍分隊用九三式双眼鏡のそれの4倍くらいはある。制式名は不明である。右側に「5x10°」と「空技廠」の文字が、左側には○規と空技廠と◎にプロペラの刻印がある。製造番号は5xx、と3桁。大きさはレンズ径30mm、本体は長さ14cm、幅17cmほどである。本...

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これらは全部十三年式双眼鏡か?/Are all of them Model 13 not 89?

ご指摘の通りだとすると八九式は地上用で7.5倍であるとするとこれらは全部八九式ではない。大型双眼鏡と資料は別なところにあるので、調べなおす必要がある。左は「榎本光学」製造、真ん中は製造刻印なし、右は富士光学製造だ。全部6倍。視野は9.3度と10度がある。またレンズに目盛が付いているものと、付いていないものがある。7.5倍と言うとかなりの高倍率だ。昨日の記事の直ぐ後だから間違っていたらみっともないが...

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八九式双眼鏡は双眼鏡の原点/ Model 89 binocular

まだ、世界的に平和な時期、1929年に大宮工廠で開発された八九式双眼鏡は明るいレンズとプリズムを使い、先進的な光学兵器であった。日本の制定双眼鏡は、十三年式(1924)が存在したが、この双眼鏡の性能は他の軍事技術の発展に順じたものではなかったと言われている。画像の八九式双眼鏡は部隊装備、車載用に主に使用されたが、工廠以外でも10社近い民間会社が製造して、将校用私物双眼鏡としても販売された。個人名が...

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「間違い」がまた間違いを増幅する歴史事実 /Mistakes make more mistakes in history research works.

歴史について書かれたもの、特に公立機関からの書籍や新聞、雑誌などマスコミが間違った情報を悪気はなくても書いてしまうと、事実を見ずして、それを参照する、参考にするものが出て来て、いつのまにか、間違いが本当のものになる。これは日本の「歴史認識」に関して、実に大きな問題であり、一度、人々の心の中に植え付けられた知識やイメージは訂正するにまことに困難な作業だ。昨今のテレビ番組の捏造もその一種だろう。細かい...

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鉄砲を撃つことはそんなに簡単なことではない。その2 /Not a piece of cake to shoot a gun #2.

たとえ猟銃でも、獲物に合った弾薬、持ち運びが簡単な形、安全な策などを、考え考え、銃を用意する。「銃を撃つことはそんなに簡単なことではない。」映画「ズール」の中で、英国軍から奪ったヘンリー銃を山の上からズール族が撃ってくるシーンがあった。勿論、ズール族の主力武器は短い槍で銃は初めて手にしたものだろう。当たらない。弾が無くなればおしまいだ。アメリカで何挺かの日本の狙撃銃をATFライセンスの元、保持して...

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鉄砲を撃つことはそんなに簡単なものではない。Not a piece of cake to shoot a gun. #1

国立歴史民俗博物館の展示図録に関して、先日の質問にお返事をいただいた。有難いことだ。本来なら私のような一研究者がいろいろ言うことではない、単なる意見だから。以下がそのお返事だ。「カラクリ」については、先日もお答えした通りです。また、宇田川説については、以下の著書でご確認ください。「東アジア兵器交流史の研究」 吉川弘文館「新設鉄砲伝来」平凡社新書以上をもって回答とさせていただきます。2月7日歴史のな...

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ニコンの勝利 「九三式双眼鏡」の開発 M93 amry binocular is a victory of Nikon.

現在の日本のデジカメ、コピー機、ビデオカメラなど世界的占有率の高さの技術は3四半世紀前(約75年間前)の軍用光学兵器開発技術に発端があることには疑う余地はない。1930年代初頭、日本陸軍は分隊用装備の双眼鏡を製造することを計画した。「分隊」はおよそ12-3名の兵から構成され下士官が指揮を取った。当時の日本陸軍分隊用兵器は、十一年式軽機関銃6.5mmが1挺、八九式擲弾筒50mm1門、機関銃手以外は三...

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プロフィール

japaneseweapons

Author:japaneseweapons
日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



刀,弓,槍,薙刀,甲冑,鎧,火縄銃,軍用銃,機関銃など日本の武器や兵器に関する須川薫雄の研究を紹介はここ:
日本の武器兵器.JP


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