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記事一覧

守屋事務次官、絶体絶命

防衛庁で絶対的な権力の誇っていた、ノン制服実力者の守屋事務次官(東北大卒63歳)は絶体絶命だ。実質、大臣に替わり、省内を取り仕切っていた地位だった。逮捕されるだろう。へんな顔の男だな、とは以前から感じていた。「公私混同」の男だったのか。小池前大臣はやはり刺客として乗り込んだわけだ。それで山田洋行がばらした。しかし山田洋行という会社も逃れられないと思う。まさか現在の防衛省に、こんなことがあったなんて...

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清光の鍔

この刀、先回に紹介したが、加賀の刀工「清光」のものは、江戸期の拵えに入っている。その鍔、切羽、縁頭、こじりが画像だ。鍔と縁頭は同じ「龍」の意匠だ。目抜きは何か椿のような花だ。この龍は昨日紹介した「若芝」(じゃくし)の鍔を同じくらいの寸法だが、彫りが浅く、しっかりしている。日本の刀剣の鍔をはじめ、其の他小道具の意匠は「龍」「鳥類」「唐獅子牡丹」などが多い。この龍は生き生きしている。...

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従軍文化人の実態

戦前、戦後に掛けて活躍した、小説家、翻訳家、脚本家、直木賞作家の久生 十蘭(ひさお じゅうらん)の「従軍日記」講談社刊を一気に読んだ。彼が1943年春から夏に掛けて海軍が進出した南方へ、目的はしかとは分からないが朝日新聞に書くためにとあったが、行った話だ。彼が従軍した際の日記(本来はつけてはいけないらしいが)が没後50年して見つかり、それに用語の注釈を付けて発刊したものだ。2月24日に羽田を発ち、...

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首都高の下

首都高を仔細に地上から観察すると、どうも想像以上の大プロジェクトが進行中のようだ。しかし、その保全は車が走る表面ではなく、構造そのものだ。わりとひっそりとやっているようで目立たない。地上交通の通行の障害にもならず、夜中に足場作業などは済ませているようだ。どのような作業が行われているのであろう。1970年代、ニューヨーク近辺の高速は一時に全部が危険な状態になった。特にハドソン河に面した、ダウンタウン...

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日本の刀の鍔(つば)、集約美術の粋

日本刀剣の鍔(ハンドガード)は、刀剣の根本、柄との間にあり、戦闘の際に手を守るのが役目だ。侍は2本の刀、武家諸法度によれば刀66cmと、それ以下の脇差を帯びた。外を歩くときは2本差し、屋内に入ると刀は預けて、脇差(小刀)のみを帯びた。日本刀の柄は縦長の楕円であり、世界の刀剣の中でも、その縦長比率で言えば、縦に長いほうだ。だから鍔も縦が8-9cm、横は5-6cm、ぐらいの比率、小刀はこれより一回り小...

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女性の工場現場への進出

アメリカでは戦争の度に女性とマイノリティの地位が上がり、今や白人男性が一番低いところにいると皮肉られたいる。事実、白人男性、女性、マイノリティが3人で職を争えば、白人男性にチャンスは少ない。画像は、先日の銃砲史学会見学講演のとき、産業考古学会の馬場さんにいただいた上福岡資料館の展示チラシのものだ。東京第一工廠十条工場の銃弾検査風景(田野 晴美氏撮影)台上の大きさからすると7.7mm弾ではないかと思...

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ゴキブリ以下の存在

フライ級世界チャンピオン内藤 大助を「ゴキブリ」呼ばわりした亀田 親子。内藤チャンピオンに「ゴキブリに負けたらゴキブリ以下だ。」と言われていたが、どうなんだろう。個人的に謝れば済む問題ではない。亀田親子はボクシング自体を冒涜したからだ。もし続けるなら他の格闘技にして欲しい。ボクシングは紳士のスポーツなのだ。昨日、ゴキブリが出てきた。リフォームのときに玄関を開けておいたので、入り込んだのだろう。動き...

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山本五十六連合艦隊指令官の手紙

昨日、交詢社ご餐会で、文春にエッセイを書いている歴史家、元米国三菱重工社長であった。原 徳三氏がお話し、実物をもって来られたものだ。昭和18年3月、山本長官がトラック島から当時の三菱重工社長船田氏に宛てた礼状だ。原氏は現在、三菱グループ、岩崎家の歴史を研究しているという、題は「日本文化こぼれ話」と言うものだった。「君が代」に始まり、日本の文字文化に関して、時代とともに変遷する価値観の変化が、日本に...

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NTT不信

NTTには仕事をしていた頃からの不信感がある。日本の通信事業にブレーキを掛けている存在ではないかと。今ある、固定電話対策をどうするつもりなんだろう。父親が死んだとき、固定電話の名義変更に行った。印鑑がないと駄目だと、断られそのままだ。当時はアメリカに居たので印鑑は持ち歩かない。そこの店で買って来てくださいと。仕事上でも大いに疑惑なことは沢山あった。特に西日本。光を入れれば、テレビ、電話、インターネ...

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息子の刀

刀剣に興味を持ち始めたのは丁度、息子が生まれた頃だった。それで彼が5-6歳になった頃の節句に、辰年生まれだったので、龍を意匠した拵えを作ってもらった。中には、良い刃を入れた。侍趣味を具現化したかったのだ。意匠は自分で考えた。刀は、出張に行った際、どこかで買ったもので、軍刀拵えだが、野戦で使われたものではなく、比較的程度の良い、鉄鞘を皮で巻いたものだった。刃は、長く、反りがあり、小さな刃こぼれは一つ...

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深田 裕介に噛み付いた名物赤福餅

伊勢名物赤福餅の勢いはすごかったった。みやげ物では独占的だった。20年くらい前か、直木賞作家深田 裕介氏が、文春に輸入食品のことを書いて、赤福も輸入小豆、砂糖を使用していると書いたら、「うちのは全部国産品」とねじ込まれ「参った」と言っていたのを思いだす。たいしたものだと、食料の国産化率が下がっていたので、覚えがある。僕は仕事で名古屋、大阪に行くたびに土産に赤福餅を買った。さすが新幹線内の販売のもの...

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オイル代は100ドルを越える。

こんな簡単なことがなぜ日本人は分からないのか不思議だ。情報が限られているからだ。日本がインド洋給油作戦から撤退したらどうなるか。その一つはオイル供給の乱れを懸念する投機に繋がるだろう。オイル市場では、恐らく年内に1バレル100ドルを越えることになるだろう。ここ2年ばかりにオイル代の推移とみると需要要因より、自然災害、地域紛争など供給懸念が材料となっているからだ。ちょっとしたことでも投機筋は数ドルの...

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まだパフォーマンスしている亀田親子

昨日、午後5時の会見、まだパフォーマンスをしている。息子は本当の弁慶のように頭を丸め、4分間、虚脱して、無言。退場。一部、愚かなファンの同情を得る演出。親父は「わいが侘びを入れ取るのに、何の文句あるんや」と言う態度。あれだけはっきり音を拾われているのに「タマを打っていけ」と「反則の指示はしていない。」としらを切る。本当に協栄さん、TBSさんこの人たちとまだやる気ですか。。スポーツマンじゃないですよ...

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民主党さんに憑いた土井 たか子

そろそろ「インド洋給油作戦」に変わる具体案を出した下さいよ。世論調査、国民の半分近くは「分からん、どちらでもない。」と言うことらしい。まあそれも情けないが。国際情勢や、その中での日本の方向性に自分の意見、判断が出来ない個人が多いのは、戦前と同じゃないか。民主党さんも何でも反対でなく、小沢代表がISAPへの協力を申し出た以上、具体策を出して欲しい。そうすれば、どちらが良いか、現実的か判断できる材料に...

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「清光」の柄

この刀剣のことは以前にも書いた。1970年代の半ば、ニューヨークにいたとき家族を連れてドライブに行った際、露天で見つけたものだ。当然錆身だった。拵えは良かった。柄、鍔は龍の一作だ。柄の巻きが変わっている。薄い平たい布を巻いてある。麻だと思う。夏に麻の着物を着たときの差した刀か。しゃれてるなといつも思う。銘は本物が偽名か分からないが、反りはない。細い直刃だ。こじり、中茎の後ろは上片側に尖っている。6...

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何もかも忘れるなーと言う顔

昨日は、午後いちに娘に男の子が生まれた。札幌の病院は大きなところだが、赤ちゃんを入れるところは「がらがら」だった。それで至れり尽くせりだった。夕方、行ったら、もう抱かせてくれた。婿、僕の妻、僕と3人順繰りに20分以上、生まれてまだ4時間半しかたってない赤んぼうを抱いてきた。僕には、この子を産んだ娘を抱いた以来だった。それから祝杯を上げ皆飲みすぎた。札幌は一杯のお酒の量が多いのだ。今朝も東京に帰る前...

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JALの羽根田さん夫妻

数年前、JAL社長だった羽根田さんの家が新築した時、夫婦で行った。もう40年間くらいの付き合いだ。羽根田さんの家は大きく、大家族だ。3所帯住宅だった。早く結婚したので、僕等が結婚したとき、一番下の長男はもう生まれていた。勿論、孫も沢山いる。彼曰く「孫はね、子供と違う存在で、それは言葉では言い表せないね。」と、夫人も何の反対もない顔だった。二人の顔を見ていたが、それこそ、見たこともない表情だった。僕...

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亀田ファミリー処分と第3の男

昨日も書いたが、亀田ファミリー、協栄、TBSこの3者が悪いコンビネーションだった。今朝の朝刊、日本経済新聞ですら、社会面扱いだ。昨夜は福田総理のコメントまで出てくらいの大ニュースになった。後楽園ホール近辺にテレビクルーが沢山いたが、ボクシングファンのコメントを取るためのものだったようだ。日本には、多くのまじめなスポーツファン、ボクシングファンがいる。ボクシングは伝統的紳士的なスポーツで、僕が少年の...

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射撃と宗教感

江戸期の砲術には、他の武術と同様、その成果を伝書にしたり、神社に奉納するということが行われていた。土浦の関流資料にもそのようなものが多く見られる。江川 担庵は、天保年間、高島 秋帆と交流があり、江川文庫にも厚さ数十cmにもおよぶ「高島流 砲術 御用留」と言う資料が残されている。一方、家来、門人をとり、砲術訓練を韮山で行った。画像はその成績を八幡神社に奉納したものだ。標的の真ん中を約2寸、切り取った...

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90式戦車エンジン交換実演

戦車がこれからの地上の戦闘でどれだけの戦力になるか、と言う議論は別にして、現在、陸上自衛隊が制式にしている最新の戦車が90式だ。自重50トン、120mm砲。土浦武器学校にも当日、数両の同型戦車が展示、試乗のために用意されていた。実際に走っている同戦車は迫力があった。最も試乗と言うな、戦車の後部エンジン上の平らな部分に2列に特別な席を用意して数人づつ搭乗するというもので、内部に乗るわけではなかったが...

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やっぱり最低はTBSさん

格闘技に限らずスポーツは公平・フェアが一番の要素。今日の亀田一家に対するJBCの処罰はあれでもまだゆるいと思う。それにもまして、悪かったのはTBSさんだろうね。今日は昼、交詢社で恵介先輩と社の後輩と食べたが、その話が出た。それから、内田ストレッチに行って来た。そこでもその話が出た。僕は半年じゃないかと言ったが。ここのところ運動はしてないが、土曜の伊豆、日曜の土浦でいつも使わない筋肉が疲れてた。夕方...

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丸球榴弾の信管

古い「砲」の字に「火」扁を使うのは、主に燃える素材を発射したからだ。攻城の際に、しなりの反動を使ったカタパルトで、油を浸み込ませた毛、布、木、皮などの塊に火をつけて飛ばし、相手方に打ち込んで火事を起こさせたり、その火で被害を与えた兵器だった。やがて、中世では火薬を使い筒の中に丸い石を入れて発射した。小型のもの小銃などは小石の大きさをそろえるより、金属で鋳造したほうが良いので、金属弾を発射した。これ...

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74式戦車の砲身交換作業

戦車マニアには応えられないシーンだっただろう。74式戦車はすでに一線より引退することが決まっているが、自重38トン、なかなかのもので、防弾に工夫がある構造と聞いた。自重38トン。昨日の武器学校の公開演習では、同戦車の砲身が破壊され、それを交換する作業があった。破壊された戦車に直ぐに交換砲身を搭載したトラックと、クレーン車が近づく。戦車から乗員が飛び出し、89式小銃を構え周囲を警戒する。戦車は車体を...

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議員お嬢様の勝利

20年ほど前のこの週は、何年間か印象にある。働いていた会社、前の局で、富士通さんの「フジツーレディス」と、僕の方は次の局で、英国でやった「T自動車マッチプレー」の二つのイベントがあった。僕の方は「日本オープン」と重なり、日本男子選手の選考に苦労した。今日は土浦武器学校から帰り、まず「日本オープン」そして「フジツーレディス」と両方見た。ゴルフの試合をテレビで見て、楽しみめるのは本当に良い。仕事で現場...

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八九式中戦車乙が走ってきた。

八九式中戦車は、1929年の制定でおよそ400数十両が生産され、日中戦争初期に使われた、国産の初の実用戦車だ。世界初のデーゼルエンジンを採用し、本年初頭、僕が武器学校で、講演をした際にそのリストアが行われていることを知った。その時見たものはまだがらんどうだった。オリジナルのエンジンは4サイクル直列6気筒、120馬力で最高速度25km、150kmくらいの走行距離だったそうだ。それが僅か半年で、動くよ...

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陸上自衛隊土浦武器学校55周年

本日10月14日、日曜日に式典が行われた。僕に指定された席は元陸将クラスの方々の直ぐ後ろで10時からの式典、その後の武器学校日ごろの訓練の経過を1時間以上、しっかりと見ることが出来た。武器学校は、兵站を目的に、野戦での兵器の修理、その技術、爆発物の処理などを全国の師団幹部に教育するところだ。90式戦車をはじめ様々な車両類、砲類が揃っている。今年は自衛隊にとっては戦後、一番大きな転換点にあると言って...

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膨大なる江川文庫

昨日、韮山の江川邸を銃砲史研究会で訪問し、主に幕末江川 担庵時代のことを聞いた。午後、工藤 雄一郎氏、郷土資料館、江川文庫の学芸員の方の講演を聴いた。午前はまた別な方が屋敷内外を説明してくれた。いまさらのように日本の記録文化に感銘した。近代は含まず、明治維新までの資料が4万点あるそうだ。文化庁の調査で、そのうち2万点までをデータ化したそうだが、まだ半分が手付かずだとのこと。30年ほど前、大学時代の...

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新幹線にシートベルトを。

新幹線は開業以来無事故の優れた乗り物であることに間違いない。地震で脱線したことは一度だけだ。怪我人も出なかった。アメリカにいた頃、出張で日本に戻り、年に2回、のぞみで大阪まで往復した。その時は地上でも速度、外を熱心に見るためか、におかしな言い方ががとても疲れた。丹名トンネルを抜け、名古屋まで、富士山を見ていると、やはりここで大地震が発生したら、どうなるか、変な心配をした。ダイヤを見ているとほとんど...

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幕末の大プロジェクト、鉄鋼大国の基礎

日本の世界、鋼板シェアが40%に達するのそうだ。日本は急速にまた鉄鋼大国になりつつある。背景は自動車産業、造船、建築であることは確かだが、この基礎はやはり150年前、幕末の先人達の苦労にあった。今日、銃砲史学会で行ってきた伊豆、韮山の反射炉。これで3回目だが、あらためてその凄さに関心してきた。最初は高校生のとき、ふーん、と山の中の煙突を見たという感じ、2回目は30年ほど前、家族を連れてドライブし、...

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普通のつくりの玉薬箱

日本の軍事装備品の過剰品質は1943年くらいまで続いていた。戦闘で消耗するというより、兵器は永遠にもたすべしの思想が活きていたからだ。江戸期の武具もその傾向はあった。鉄砲に使う装具や道具は漆で仕上げられ、美術品の感があった。(刀剣類は言うに及ばず。)今まで紹介した玉薬箱は、松本藩、丸十の合印、ともに良いヒノキの板を使い、漆で仕上げられていた。漆は板や皮の素材の防水性を増すためにも使われた。画像のも...

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プロフィール

japaneseweapons

Author:japaneseweapons
日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



刀,弓,槍,薙刀,甲冑,鎧,火縄銃,軍用銃,機関銃など日本の武器や兵器に関する須川薫雄の研究を紹介はここ:
日本の武器兵器.JP


スポーツアンティークは、スポーツ用品や玩具、江戸期からの日本の食器、家具また、合法的な武具・火縄銃や軍装備品もマニアの方々に用意しております。米・日で約40年間に渡り仕入れたものです。



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