fc2ブログ

記事一覧

僕の聴力もあと3年間

脊柱管狭窄症による左足の不便、300mくらいしか歩けないことがあった。
今年は春から3回ほど発作がでて各々1カ月ほど悩まされた。
8月に内田君が福島に来て4日間、下男をしてくれ、私は左足を高くして
動かなかったら、それ以後発作は起きない。恐らく無理するとまた発生するだろうが、
今は奇跡のようだ。

走る運動はしないが、ボクシングは週二回ほど、ローニーと素手でうち合う。
主に彼がブロックする練習で2分間2R程度。素手だから彼をうつのは1-2回だが、元プロだ
から応えてない。グラブをしてないので、ブロックされるのは痛いが不思議にあとは残らない。

昨日の午後はカントリーのライブに出た。
1回目が60%とすると2回目の昨日は80%くらいの出来だった。
歌の先生、山田教授の指導とバンドが随分助けてくれた。

30台半ばからずっと射撃をしている。
米国では機関銃や拳銃を撃った。
耳の保護は2重にして、猟でも耳の中に入れるものは使っていた。
獲物の動きが聞こえずとても不利だが。

音楽は最後の趣味としてやっているが、回りの射撃をやるひと、交詢社の社員をみていると
大体、75歳を過ぎると聴力は急激に衰えるようだ。
そんなことでこの趣味も先は短い。




スポンサーサイト



コメント

No title

同じ症状だね。
脊柱管狭窄症は11年前に手術するべくMRI,X線、アイソトープ総て準備が終わって手術の前日逃げてしまった。8月にパーキンソン病で逓信病院に入院中にその時の脳外科の先生に捕まって手術を受けたが「悩むより産むは易し」、2時間の手術で完璧に左足の麻痺は無くなり今は健常者並みにあるける。
難聴は如何ともしがたく映画を見ていてセリフが聞き取れないのでパイオニア製の補聴器をつけている。
今の最大の関心事は緑内障で両目とも上1/3が見えず、映画も画面が暗い。通院しているが目薬を3種毎日さすだけでISP細胞手術が発達し手術ができる日を待つしかないと眼科の先生は冷たい。

No title

ケイスケ先輩はまだ若いのに病気の卸みたいになってしまい。私もミミズの目だまから針、キュウ、手術全部勧められました。東尾監督が同じ週になり、「まあまあやな」と言う状態ですが、私は化学手法で何とか。目は80歳まで射撃の上を上げるため、注意してます。ギターは補聴器は使えないが、エレキがあるので、回りは迷惑するが
なんとか。こんなことならもっと若い時からいろいろやればよかった。

No title

この赤坂の「カントリーハウス」に行くと、ハンバガーとステーキを同時に食べて死んだ男、禿げの男、昔の知り合いの名前がどんどん出てくる。
当時、同じ趣味なら付き合えばよかったが、これももう遅い。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Shigeo Sugawa

Author:Shigeo Sugawa
日本の武器兵器史の研究者、陸上自衛隊武器学校資料館アドバイザー。
目まぐるしく変化する国際情勢、その中で日本が対応する未来への策、安全保障を政治、経済、社会、報道などを多角的に分析する。
また趣味の狩猟、渓流釣りと自然、環境問題。そしてアート、音楽、歴史など文化面をも・・・その思うところを紹介したい。


現在の閲覧者数:
カウンター :

月別アーカイブ