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嘉永年間と同じ心境になれ日本

昨日、銃砲史学会で品川歴史館学芸員冨川 武志氏の台場
建設の話を聞いた。外国船打ち払い令来、各地は海岸を藩が
責任をもち防備した。

しかしペルーは直接、江戸湾に入ってきて、強硬な外交関係樹立を
求めたことは知る通り。

その防備として、現在、レインボーブリッジから二つの台場が見える。
(運転しながら見ないこと)
台場は島ではなくて 塀が囲って、真ん中が恐らく満潮時1mくらいの
広場だ。そこに陣屋があったそうだ。CXの画像の大砲は出鱈目だが。

この防備プロジェクトの特徴は、冨川氏の説明で非常に
明確に認識できた。
計画は西欧の防備科学を適応、これは江川 太郎左衛門が
設計したのだろう。そして幕府の組織、元は攘夷派であった阿部 正弘の
もと効率的に極短期間で幾つかのものが完成していた。
条約が結ばれたのでこの大プロジェクトは半分で終わったが、
今は天王洲、桟橋、橋の下になり、完全なのはCXの前のところだけだ。

幕府は大砲の鋳造、これも頓挫していたプロジェクトだが、と台場の
建設に二つの大きな国家意識をみせた。

台場は江戸湾を測定し浅いところに配置、民間の元受け会社、今で
言えばゼネコンか、に委託、幕府の費用で建設した。
そして防備は、全国の各藩を国家一体意識を薄めていた外様や
親藩の差別なく命じた。
そして1年以内という短期間でこれらを半分でも完成させたという
事実はなかなか真剣であったし、その意識が国を救ったと感じた。

同じ安倍でも総理はカナダのG7サミットで、米国と他国の間に入り
晋三の言うようにしろとトランプを説得していた。同じころ、誰が
動員したのか、国会前で安倍内閣退陣でも2万人。

現在の日本はまさしく1853年だ。
北のミサイル、中国の海軍が迫ったとき国家として団結できるか?

物理的にはミサイルだ。ミサイル防御を国が真剣に考えなければ
ならない。良いタイミングに良い話を聞いた。
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コメント

No title

数年のうちに、中国は5隻以上の航空母艦を保有するようになろう。中国が着々と海洋国家への道を歩んでいるにもかかわらず、日本国民はぬるま湯の中だ。「江戸の日本橋より唐から・阿蘭陀おらんだ迄まで境さかいなしの水路也なり」と述べた海国兵談の言葉を早く思い出さないと、尖閣どころでは済まない大きな事態が発生するのは、火を見るよりも明らかだろう。

No title

> toudou455さん
結局、中国連合艦隊を太平洋に出させないのが日本の
役目になってしまいました。並大抵のない規模の相手。日本の優位性は地政学的に彼らの通り道が限られているということしかありません。

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日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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