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ノモンハンン79年目の夏

日本帝国とソ連との衝突はその前年、「張鼓峰事件」であった。
現在、北朝鮮の核実験場の北東で7月29日から8月11日までの衝突
だった。
現在は中国領でロシアとの国境にあたる。
だからソ連との衝突は丁度80年前にあった。

日本軍側の主体は朝鮮軍で、ノモンハンは関東軍だった。
いずれも中央は
ソ連との衝突は不拡大という方針だった。

張鼓峰には日本軍9000人、ソ連軍3万人が対峙し日本軍1500、
ソ連3500の犠牲(死傷者)が出たというから本格的な戦闘に近い。
ソ連は機甲部隊、長距離砲、航空機などが出動したが、日本軍は
「不拡大」の方針で歩兵部隊のみであった。

現地は南満州鉄道が日本海に通じており、日本にとっては重要な
地帯であった。

日本は前年7月7日に北京郊外の盧溝橋衝突により日中戦争が
始まっていた。

写真や絵画には、ソ連軍戦車に対して果敢に攻撃する日本兵
や撃墜されたソ連機がみられる。
ソ連のT-26戦車は9両投入され、すべてが日本歩兵より撃破された。


2週間後、外交交渉により停戦がなされたが、翌年の関東軍と
ソ連軍のノモンハンでの衝突に課題を残していた。
関東軍はこの事件でも装甲列車で援軍や兵器を送る手配を
していた。やる気満々であっと言える。

昭和12年から20年までの暑い夏の出来事の始まりだった。
日本帝国の財政は実質的に昭和14年には破綻する。
太平洋戦争のソ連の参戦はその数年後だが、果たして当時、
この気配を見越した人はいたか。

暑い夏、節目はロシア大使館の近くでは身近に感じることが出来る。
節目の日々には警護が厳しくなるのだ。







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日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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日本の武器兵器.JP


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