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ジャカルタでの思い出

30年ほど前になろう。
自動車会社クライアントの仕事でほぼ隔月にジャカルタを訪れた。
大体2泊くらいだったがそのあと、シンガポール、クアラランプール、
バンコック、香港、台北を巡り、10日間くらいで羽田に戻ると
いう日程。中国や、マニラに行くこともあった。
かなり厳しい、仕事だった。
アジア全体の仕事を受けていたので、各地のクライアント各社と当社派遣員とその出先会社
との調整、モーターショーなどのイベントの予算、やり方なの調整だった。
非常に勉強になったのは各地の日本に対する感情や仕事のやり方
の差だ。大日本帝国はこれらを占領したが失敗した理由も良く理解
出来た。

ところでジャカルタのアジア大会のニュースで水泳競技場の壁が
倒れたとのこと。
これでひとつ思い出がある。

あるイベントの看板、傾いており事前に止め方が左右異なっていたこと
を発見した。
これでは駄目だ。補強が必要と言ったが業者はすでに帰って
しまった。要人の上に落ちたら大変と、自分のベルトを外して
それで調整してもらった。ズボンは靴紐を半分切り押さえた。

諸行事が無事終了し、ベルトを取り返しに行ったら、もう看板ごと
なかった。当時はブランド物ばかり身に着けていたのに。

各国同じことをやらせるとインドネシアのアートは一番ユニークで
優れていた。中華系はその点、色つかいなど今ひとつ。
タイ国も自信たっぷりだが、危なかった。
台湾は請求を忘れて、まとめて届けたら払ってくれない、何とか
してくれという依頼が年に3-4回はあった。

3年間ばかり、辛い仕事だったが、良い経験をした。



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コメント

No title

日本のメディアの報道は,偏りがあると感じています。フィリッピンやマレーシアなど,ブログ主殿の肌感覚での各国の対日感情などについて,今後も話題としていただければと思います。
もう30年前のタイでのことですが,乗合バスの座席に,旭日旗の真ん中に防暑用戦闘帽を被った髑髏の日本兵が描かれた,小さな1枚のステッカーが,貼られていたのにはドキッとした覚えがありました。

No title

> que*****さん
アジア諸国では、彼らを日本が解放したなどとはまったく意識しておりません。戦後、日本は順調であったが彼らは植民地戦争、混乱、貧困、腐敗など苦労の数々で日本を恨む空気こそあれ、尊敬することはありません。

No title

中国も含め東南アジアには,大分行きましたが,好意的な表情の裏に時折みせる暗い翳を感じることが少なくありませんでした。各国の対日感情を知ることは大切なことだと思います。真に尊敬され好意を持たれるためには,我々はどうしたらよいのでしょう。

No title

対日感情と言うか、日本への好感度向上。

此は難しいでしょう。
しかし、現地の慣習や宗教などを尊重しながら、ウィンウィンの関係を地道に築ければ、可能かも知れません。因みに歴史の浅い南米パラグアイの移住では、複雑な経緯も有りました。しかし、我が移住者や日系人の方々の御方等で、対日感情は良好で。

事実、駐日大使は、2代続けて、日本人移住者一世(現地に帰化)ですし、国軍3軍最高司令官や国家警察の副長官等の要職に日系人が就任した程です。

幾ら、南米の小国とは言え、これ等の役職は、国家の中枢に当たります。しかし、此処までの信頼を得た先人たちの振る舞い等は、重要かと。

No title

> th3**3さん
パラグアイやブラジルは良い例だと思います。

No title

> toudou455さん
金をばらまくだけでは駄目というのは戦後数十年の結果。教育支援、単に日本語とか日本的効率ではなく、文化面、例えば音楽、芸術、そして体育も必要なことと感じます。

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Author:japaneseweapons
日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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