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1944年4月の「打通作戦」とキム血列車

昭和19年4月、日本帝国は本国と南方への海路を断たれて、
九州→朝鮮半島→中国大陸→インドシナ半島→南方諸方面への
陸路を目指して「打通作戦」を行った。

旧知、斎藤 茂太先生が、軍医として九州から確か中国大陸の半分
くらいまで行ったときの話を本人からも聴いたし、「履歴書」に書いた。

日本で新たに編成された部隊は列車に乗ったが、装備はほとんど
代替品であったそうだ。
銃は模擬教練銃、水筒は竹、鉄帽は紙製、でも見かけはちゃんとした
軍隊に見えるように。
そして中国大陸で鹵獲してあった兵器を装備し、帝国陸軍下工廠で
製造した弾薬や手榴弾、水筒、鉄帽を受け取ったと言っていた。

そのほとんど同じルートをキムさんは南下したが、ベトナムに到着した
列車の騒音は尋常ではなかった。キィキィー、ガァガァーと?
そして誰が恐らく金も払わないのに列車に給油や補給をしてくれたのか?
帰りも無事に帰れればこの大旅行は成功だ。

それにしても今夜から明日の米朝会談の成果は固唾をのむような
内容だろうか?
北朝鮮の外交の上手さ、これを日本は見習う必要は無いが、もっと
研究する必要はあろう。
南朝鮮は世界で誰も承認してない独立100年を祝うそうだし。
我が国も朝鮮半島に振り回されては、沽券にかかわる。
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コメント

No title

キム血列車を使用したのは,大量の電子機器や核ミサイル用の部品や研究材料を持ち帰るためではないかと思います。そヴなければ,そんな列車を使用するわけがありませんから。それを念頭に置いてハノイを会場にしたのではないでしょうか。おそらく列車には刈上げ頭は乗っていないはずです。刈上げ君が一週間も北を離れれれば,謀反のチャンスですから。

No title

> toudou455さん
なるほど鋭い見方です。列車は一応「外交特権」があり誰も査察できません。あり得ますね。
行きはイランか、パキスタンに出すものを積んで。
彼等は無駄には動かないと言うことですね。

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日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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