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長崎貿易はオランダに膨大な利益をもたらした。


オランダと言う国は今はすましているが、17世紀から20世紀半ばにかけてアジアでやりたい放題で、
主にインドネシアを植民地をして同国の発展を大いに抑制し、その文明、文化の水準を上げることは何もやらなかった。

幕府は、17世紀初頭、鎖国と同時にオランダのみを交易相手をし、開国まで200余年、オランダは欧州からみれば日本貿易の独占権を得ていた。

しかし、この貿易はオランダと日本だけの点と点ではなく、全アジアを巻き込んだ面のものだった。

「長崎のオランダ商館」世界のなかの鎖国日本 山脇 悌二著、中公新書では、
出島貿易の期間中、オランダはアジアの製品と日本の製品の交易が主で、遠い欧州との直接貿易は従であったようだ。
交易品の多くは鎖国下の日本が必要として民需、原材料が多かった。
日本からは金や銀での支払いが多かった。武器はほんのわずかしかなかった。武器需要が幕末までなかったからだ。

画像はオランダ東インド会社が基地をしていたジャワ島バタハファイ湊の様子。

最初に日本に来たリーフデ号の火薬や武器は家康に献上されたのではなく家康が抑えたが、これらは船の規模からして、勿論関が原の勝敗に影響を与えるほどのものではかった。

オランダのアジアにおける植民地政策は日本との交易のためのもので、そこのインフラや人々のことを考えたものではなく、何百年かにおける支配は1942年まで続き、人々は教育を受ける機会もなく原始的な水準におかれたままだった。

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日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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