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軍用ベルトの謎


1942年、日本軍が南方に進出すると明らかにその装具の素材が変化した。
南方の高温多湿な気候は、皮革製品が多かった日本軍装具、革帯、弾薬盒、銃剣差し、各種収容嚢などが現地でもたなかったのだ。
そのため数年前から研究していた、帆布にゴムを引いたもの、ゴムを帆布で挟んだものの2種類の素材で
上記の装具を製造した。
南方を占領し、ゴムがふんだんに入るようになった1942年以降のことだったと推定される。

当時、世界ではゴム生産地は日本が多くを押さえていて、潜水艦でドイツに輸送したくらいだ。
アメリカや欧州は南米生産のものを使用した。主に車両と航空機のタイヤに使われた。

さてこのゴムと帆布(キャンバス)素材の、帯が不思議だ。
日本の革帯の長さは110cmであったが、新素材の帯は5cm長い。
外套などを着ない南方では短くても良いのになぜ長いのか。

サンフランシスコの坂田さん(故人)の話を聞いたときにピンときた。

日本軍がマレー半島で味方につけたインド兵のためだった。
インド兵は体格が良く、長いベルトが必要だった。
そのために日本軍は南方用のベルトを長いものにしたのだった。

画像、右が帆布にゴムを引いたもの、左がゴムを帆布でくるんだもの。弾薬盒など他の装具も2種類の
方法で製造されている。工廠の元、多くの化学会社が製造した。

長さはいずれも115cmで、右のものは尾錠(バックル)の塗装が残っているのでほとんど使われなかったものだ。
アメリカでは「ジャングルベルト」と言い、素材の品質は高く評価されている。

坂田さんは日系二世だが、シンガポールでインド兵の訓練をしていた。
アメリカに帰ってから反逆罪で取り調べられたそうだ。

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日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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