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マイク・タイソンと高橋 治之

治之ことタコは、慶應義塾高校でボクシング部、大学では射撃部に在籍していた。
体躯会系なのである。
当時から電通まで彼を知っていた、加納 三郎も田中 郁也も故人になった。

タコとトヨタのキャラクター契約でマイク・タイソンの仕事をした。1988年6月だった。
発端は、
トヨタさん国内宣伝部長、狂人の三宅さんが役員にトラック、タイソンの広告に彼を使用する、それはいいねと、言うことだったが、代理店デルフィスはタイソンの契約を取れてなかった。
それで諦めればよいが、狂人は、顔をつぶされた、電通がどうにかしろとねじ込んできたのだ。その手の仕事は電通しか出来なかった。タイソンのマネージャーはドン・キングと言うギャングだった。
don-king.jpg

それで中村 テツ、大分出身と私,当時、トヨタ海外担当が欧州にいたが、コンコルドでニューヨークに飛び、アトランテックシティの
タイソンの試合に向かった。ところが30分ほど遅れ、試合に間に合わなかった。タイソンは1分半くらいで相手スピンクスを
KOしたのだった。

先にニューヨークに入ったタコ橋は手下のジョージ・テイラーを使い、自らタイソンの家に3日間、居続けたとして、タイソンは
トラックタイソンのCMに出ることになったが。毎日、夜遅く、狂人に報告を入れねば、国内にいる同僚が参っていた。
契約費用以外の作業費は狂人は一切払ってくれなかった。
恐らくタコ橋は2-3000万円を社負担と言う手口で貰い、さらにジョージ・テイラーをかますことで
同じくらいの金を得たはずだ。確か、契約料は1年間で1億円だったと記憶している。

でもそれだけ苦労したのに、豊田家さまが「品がないですねえ」と言うことで契約は1年間で終わった。
今となれば、ドン・キングと彼と通じていたタコ橋の手だったかもしれないが。
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プロフィール

Shigeo Sugawa

Author:Shigeo Sugawa
日本の武器兵器史の研究者、陸上自衛隊武器学校資料館アドバイザー。
目まぐるしく変化する国際情勢、その中で日本が対応する未来への策、安全保障を政治、経済、社会、報道などを多角的に分析する。
また趣味の狩猟、渓流釣りと自然、環境問題。そしてアート、音楽、歴史など文化面をも・・・その思うところを紹介したい。


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