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高橋 治之とジョージ・ティラー

今はどうしているか?
高橋の初期の活動はティラーに負うところがあったし、ティラーも彼のおかげで成功した。
ティラーはオランダ人でニューヨークに事務所があった。業務は多岐にわたり個人経営だから経理関係はどうとでもできたようだった。
高橋とどういう接点があったのか、女房は日本人で出来る人だった。メル・ギブソンが痩せたような男。
1995年ごろ、彼らはNYミッドタウンイーストに古いタウンハウスを購入した。

私は1979年ごろJVCの海外担当になり、JVCはVHSが当たり、かなり積極的だった。
年間広告のキャラクターに、デニス・ビールマン、ジョン・ウイリアムス、飛行士のスコット・
カーペンターが決まり、その契約を高橋に話してティラーに依頼した。
とてもスムーズに思い通りに行ったのが印象的だった。
ジョン・ウイリアムスは大物、撮影は気を遣ったが。
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その時、ティラーがNYコスモスの試合に連れて行った。ペレとベッケンバゥワーが出た試合だった。ティラーはサッカーの人だったのだ。
高橋 治之とティラーがどういう関係でその後、どのように関係が進行してかは詳しくは知らない。
1982年のワールドカップ作業、ウエストナリーからISLにドラマチックに変わったには驚いた。
高橋はISL派だったが、その後FIFA100周年の頃、クラウツ・ヘンペルと争い、その時にもう一度
ティラーが出て来た。ティラーが家を買えたのは高橋の作業のはずだが、何か裏を抜くような役割を
していたのかもしれない。一時が万事、彼には独特のやり方があった。
この時スイスでティラー夫妻がとても
緊張していたのが記憶に残る。
当時のタコは自分の仕事のやり方に目覚めて、イーアィイーもまだ大がかりでなく、生き生きしていたが。
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プロフィール

Shigeo Sugawa

Author:Shigeo Sugawa
日本の武器兵器史の研究者、陸上自衛隊武器学校資料館アドバイザー。
目まぐるしく変化する国際情勢、その中で日本が対応する未来への策、安全保障を政治、経済、社会、報道などを多角的に分析する。
また趣味の狩猟、渓流釣りと自然、環境問題。そしてアート、音楽、歴史など文化面をも・・・その思うところを紹介したい。


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