FC2ブログ

記事一覧

兵士と小銃


今も昔も兵士と小銃は切っても切れない関係がある。日本の小銃には「菊の紋章」が刻印され、
兵士には「天皇陛下からお預かりした命より大切な兵器として扱え」と言う教育がなされたと言われている。しかしこんな理屈の合わない話はない。まず「菊の紋章」は、明治初期、各藩が装備していた多種な
輸入小銃のなかから共通で使える形式を選びそれに、菊の紋章を刻印したことに始まる。また
日本は明治より近代国家となった。近代国家の国防は国民の税金でまかなっていることは変りなかった。
従って、こんな誤ったことをまずは正式に教えていたかどうかも疑問だ。(一部教育のない古兵が新兵に言った、それを下士官や将校は黙認していたと言うことは考えられる。)
ましては、命より大切な兵器などというものは存在しない。命が助かれば兵器は捨てても良いと考えるのは、昔も同じだったと思う。しかし、
日本の兵器は大戦後期の一時期を除き、過剰品質であったことは否めない。例えば三年式重機関銃(1913年)は、アメリカのブローニング1917(1917年)と第一次世界大戦をはさんではいるが、ほぼ同じ頃の開発だ。しかし車で言えば、レクサスとトーラスくらの品質の差はあった。開発の考え方が異なったのだ。ブローニングは銃本体も三脚架も簡便で、退却の際に川に放り込んでも惜しくないような兵器だ。
一方三年式は、構造、精度はもとより、仕上げ、堅牢さ、全てが兵器の芸術品の域に達していたと言える。
日中戦争中、三八式小銃を構える日本兵。山東地域。(「日中戦争の日本兵」英語版より)

スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

japaneseweapons

Author:japaneseweapons
日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



刀,弓,槍,薙刀,甲冑,鎧,火縄銃,軍用銃,機関銃など日本の武器や兵器に関する須川薫雄の研究を紹介はここ:
日本の武器兵器.JP


スポーツアンティークは、スポーツ用品や玩具、江戸期からの日本の食器、家具また、合法的な武具・火縄銃や軍装備品もマニアの方々に用意しております。米・日で約40年間に渡り仕入れたものです。



現在の閲覧者数:
カウンター :

月別アーカイブ