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占守(しゅむす)島の慰霊を語れ

終戦後、8月18日から23日まで、米軍の出方を観ていたソ連は、2月のヤルタ会談で提案した
日本に参戦したら北海道半分を占領しスターリンラインまで侵攻すべく、まずは千島列島の北先端

占守島を攻撃した。すでに帝国海軍はほどんと撤退し、陸軍しか残っていなかったし、戦意はないとみたのだろう。

だが、帝国陸軍の樋口 季一郎中将は「断乎、反撃に転じソ連軍を撃破すべし」と8500人の将兵に命じた。
守備隊は戦車を60余両装備していた。日本軍は
砲撃で侵攻してきたソ連軍の上陸用舟艇を撃破して、戦いはソ連が目論んでいたように進行しなかつた
1週間持ちこたえたのだ。日本の犠牲600人、ソ連3000人。

この1週間は大きかったそうだ。
以前、新村 暢宏指令からいただいた資料では、この戦闘で日本はソ連の北海道に侵攻する時間を稼いだと。
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米軍がソ連横暴を許した失敗は、15日以前から全面的に力を抜いたいたことだった。
満州だけでない、朝鮮半島しかり、それが現在に至るまで東アジアの虫歯として残っている。米軍は結局、沖縄が限界だった。

そういう意味では占守島の戦いは日本の歴史上、とてもとても意義のあった出来事だ。
ソ連の体質はロシアに残り、現在ウクライナに及んでいる。

日本は無法にも占拠されている北方領土の奪還を何らかの形で語る時期に来ているのではないか。
ロシア(ソ連)は悪いと言う認識も新にすべきではないか?」
占守島英霊と、シベリアで過酷な扱いを受けた将兵の勇気を称えよ。

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プロフィール

Shigeo Sugawa

Author:Shigeo Sugawa
日本の武器兵器史の研究者、陸上自衛隊武器学校資料館アドバイザー。
目まぐるしく変化する国際情勢、その中で日本が対応する未来への策、安全保障を政治、経済、社会、報道などを多角的に分析する。
また趣味の狩猟、渓流釣りと自然、環境問題。そしてアート、音楽、歴史など文化面をも・・・その思うところを紹介したい。


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