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ミニエ銃操法の翻訳本

節分は福澤 諭吉先生の命日ということで先週、元サンケイ記者、鈴木 隆敏さんから福澤先生の書研究の話を聴いた。
氏と別なテーマでやりとりしている内に、福澤 諭吉(天保5年1835生)と大鳥 圭介(天保4年1834生)が緒方 洪庵(友人 緒方 容造君は子孫の一人)の適塾でともに学んだ仲であったことに気がついた。
300px-Keisuke_Otori.jpg四斤野砲を操作する大鳥 圭介、幕府から明治政府に仕え、後に3代学習院院長に

大鳥 圭介は現在はNHK小川ドラマにも出てこないが、は蘭学医で幕府陸軍奉行であった。彼は「手銃論」を、慶応3年1867訳して出版した。それは、
幕府印刷所、縄武館で日本で初めて活字の印刷物だった。(その内容は検索しても昔の私の記事しか出てこないが)これは1850年に仏陸軍に採用されたミニエ銃のものだ。幕府にはミニエ銃(前装ライフル椎実弾)とシャスポー銃(後装ライフル銃)が採用されていたからだ。縄武館は言うまでもない江川 太郎左衛門塾のことだ。
一方、福澤先生は慶応3年1868、j機能としては古い形式、ゲベール銃(前装滑腔丸玉)からライフル銃までの「雷銃操典」を訳し出版した。雷とはパーカション、雷管のことだ。
両方とも、小銃弾の弾道、つまり距離に応じて弾丸が下がる、それを計算して照準し狙撃する原理を詳しく述べている。
火縄銃でも同理論だが、ライフル銃は到達距離が桁違いだ。それと小隊編成とその運用、号令などにも詳しい。

今後の研究課題としては緒方塾で机を並べたふたりがどのような経過で同じような時期に同じような内容の小銃本を訳して編纂し出版したか、また明治になり慶應義塾と大鳥 圭介の学習院との間で彼らの交流はあったのか興味深いテーマだ。 NHK小川ドラマとしては引っかかりもしないが。
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高島秋帆の砲は完成しましたが 学会は頼りにしませんでした

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プロフィール

Shigeo Sugawa

Author:Shigeo Sugawa
日本の武器兵器史の研究者、陸上自衛隊武器学校資料館アドバイザー。
目まぐるしく変化する国際情勢、その中で日本が対応する未来への策、安全保障を政治、経済、社会、報道などを多角的に分析する。
また趣味の狩猟、渓流釣りと自然、環境問題。そしてアート、音楽、歴史など文化面をも・・・その思うところを紹介したい。


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