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九四式拳銃8mm後期、まったく違った形状に。


1934年に制定され、1945年までに大体3段階に製品が存在する。

最初は弾倉がニッケル鍍金された初期型、続いて弾倉が黒染め去れた中期型、そして昭和19年秋ごろから製造された後期型だ。

写真は昭和20年(1945)5月の製造の拳銃で、その後も8月まで細々と、南部国分寺工場で製造された。

沖縄読谷飛行場に強行着陸敢行した、義烈攻撃隊の装備はこのような九四式拳銃だったろう。
隊員は弾倉を3個、持った。
一〇〇式短機関銃も装備したので、弾帯は8mm弾であふれていたはずだ。

九四式拳銃は、部品に削りをいれ丸みを持たし、把握部(グリップ)はフレーム全体を覆うように、ベークライト(石炭から作ったプラステック)だった。

しかし、南部は民間工場で、材料や工員の削減が1944年秋には大幅に行われ、部品の細工や仕上げが
省かれた。
グリップは小さな木製になった。

弾倉はこの時期には黒染めだがいろいろな形状があり、特に横の釦の形が変化していた。
釦が横長から、丸くなったものは非常に後期のものだ。

収容嚢は英国のように帆布製になった。初期、中期のものには、暑い牛皮から、豚皮までいろんなものがある。

画像は「日本の軍用銃と装具」より。

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コメント

No title

ロンドンの王立陸軍博物館で見た九四式は仕上げも非常に良好で、グリップは黒いベークライトでした。ジオラマ風展示場で、どういう訳かイギリス軍陣地に置いてありました。係りの軍人さんに聞いてみましたが、驚いたことに展示物にはまったく無知で、お話になりませんでした。

No title

銃扱いの三原則は、発射するまで、1)薬室に弾を入れない。2)人に向けない。3)引き金に指を掛けない。ですから、九四式が危険な拳銃とは言えるものではありません。
子供向けガン雑誌のリポーターはなぜか用心鉄に指を入れているのが、気になりますね。

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プロフィール

Shigeo Sugawa

Author:Shigeo Sugawa
日本の武器兵器史の研究者、陸上自衛隊武器学校資料館アドバイザー。
目まぐるしく変化する国際情勢、その中で日本が対応する未来への策、安全保障を政治、経済、社会、報道などを多角的に分析する。
また趣味の狩猟、渓流釣りと自然、環境問題。そしてアート、音楽、歴史など文化面をも・・・その思うところを紹介したい。


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