FC2ブログ

記事一覧

日露戦争の日本兵


今から100年前の日本人の体格は恐らく現在の身長で15センチ以上は低かったに違いない。それは当時の軍服(被服と言う)を観察しても分かる。(着物はかなりフリーに作ってあるが、洋服は個人の寸法が
分かる)当時の人間、特に兵士はどのくらい耐久力(スタミナ)があったのだろう。日露戦争には英国、アメリカの観戦武官が大勢日本軍側に参加しており、彼らの記述が多く残されている。それらに共通しているのは、まず食べ物、米と干し魚(干物)を主としている。それから体格の小さいこと。しかし耐久力では欧米人以上であることなどだ。特に行軍、30キログラム以上の兵器と装具を持ち、夜間ぶっ通して30キロメーター歩く、このスタミナには驚いていた。同じような記述は明治時代、日本を訪れた多くの欧米人に共通であり、兵士だけでなく、農夫、労働者、主婦などの筋肉や耐久力に驚いていた。米食がその理由としている記述もあった。もし明治の日本人が現在の陸上競技に出場したらマラソンをはじめ金メダル確実であろう。日露戦争に参戦した兵士の多くは入隊してから初めて靴を知った、洋服を着たと言う人間も多かった。日本軍が長い小銃と銃剣、三十年式を制定した背景には、体格の大きい敵兵を相手に戦うと言う明確な目的があった。東洋人が西洋人を相手に戦うこれを、三十年式(1897年)、つまり19世紀の後半意識したと言う事実は、当時欧米以外の世界はほとんどが欧米の植民地であったと言う事実のなかで、、日本の独自な意思が現れていたと言ってまちがいない。
三十年式兵器に関しては、japaneseweapon.netを参照して下さい。

写真は欧米の写真家が撮影した1901年、義和団事変の頃の日本兵、日露戦争開始時はこの兵士達が
装備していた、二十二年式連発小銃8mmを持っていた。日露戦争では三十年式小銃6.5mmを装備した。

スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

japaneseweapons

Author:japaneseweapons
日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



刀,弓,槍,薙刀,甲冑,鎧,火縄銃,軍用銃,機関銃など日本の武器や兵器に関する須川薫雄の研究を紹介はここ:
日本の武器兵器.JP


スポーツアンティークは、スポーツ用品や玩具、江戸期からの日本の食器、家具また、合法的な武具・火縄銃や軍装備品もマニアの方々に用意しております。米・日で約40年間に渡り仕入れたものです。



現在の閲覧者数:
カウンター :

月別アーカイブ