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竹槍で人は殺せるか?


多分、殺すことはできないだろう。
(写真はbambooサイトより、竹を自転車にするくらいならかわいいが、武器にするには?)

1944年2月、日本政府は「非常時宣言」を出し、この頃から「本土決戦」とか「1億玉砕」などと言うことばが使われ始めた。
海軍は壊滅的になりつつあり、陸軍政府に対して毎日新聞は1944年2月23日付記事「勝利か滅亡か、戦局はここまできた」と言う記事を掲載し、その中で「竹槍は間に合わぬ飛行機を」と書き、東条首相の激怒をかったと言う。

このあたりで、「竹槍で戦う」と言う意識が公然化してきた。毎日の記事が逆説的にとらえられたのかもしれない。
勿論、最初は「竹槍」は国内、外地の戦意高揚のための標語みたいなもので、本気で竹槍で敵を倒せるなどとは誰も考えてはいなかっただろう。
ところが44年末ごろから45年にかけて、民間では本気で竹槍を装備、訓練すべしと言う世論が高まるようになった。民間で銃剣術の熟達者(日露戦闘従軍者)などが指導し、女性子供に訓練が行われた。
完全な精神主義への転換だ。

時代考証家、名和 弓雄先生に聞いたことがあるが、竹槍は戦国時代、農民が落ち武者狩り目的で使われるようになった。刀狩(15世紀末)以降、農民の常備品になった。一揆にも使われた。簡単に作れるからだ。燃やしてしまえば、武装の証拠も簡単に消せた。

竹はどこにでもある材料で、直径4cmほとの竹の先を20度の角度で切り、鋭くする。
先端部分を油で煮ると硬くなるそうだ。長さ170-180cm(杖術に使う6尺棒が同じくらいの感じだ)にして、先端の節だけを残し、あとは滑りと良くする為に削り落し、滑らかにしておいた。

相手が馬上、もしくは向かってくる場合は先方の力を使えるが、攻撃だけだと、鋭さ、硬度が不足しており、鎧は通さなかつたので、鎧の隙間を狙ったそうだ。明智 光秀が農民の竹槍に倒された話は有名だ。
米軍の戦闘服の木綿は意外に厚い、相当、力がないと衣服も通すことはできなかっただろう。

何よりも火器の前には竹槍は効果距離に到達することが難しい。
竹槍ではアメリカ軍兵士を偶然でもない限り倒すことは殆ど不可能だったのは火を見るより明らかだったが、それを口に出して言えない社会状況だった。
完全に精神主義が合理主義を抑えてしまった。
こういうことは近代の社会でも時々、見られる現象なので、特に単一文化の日本は注意しなければならないことは言うまでもない。

未だに学校では非現実的なことを「竹槍訓練」のように教育していることもある。
それをみていると、このままの教育では日本人は近い将来別な意味で「一億玉砕」してしまう危険性が高い。

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日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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