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南部麒次郎氏


日本兵器の父だ。日本の数多くの兵器開発に携わり、「nambu]は幾つかの日本兵器の代名詞になっている。カラシニコフの先生のような人で、専門の教育は受けてなかっが、一種の「創造人」であった。
アイデアが次々と出てくるタイプの頭脳を持っていたようだ。
彼の発明で特に素晴らしいのは、三八式、九九式小銃の機関部だ。小銃そのものは棹かん式で、外観は
他国のものも同じようだ。しかし上記の日本の小銃は、銃本体から遊底(ボルト)を引き出し、その後部を手のひらで押して回すだけで、分解、組み立てが可能であった。部品も極端に少ない。凹凸の組み合わせて機構を作ってあるのだが、それらを観察しただけでは仕組みは理解し難い。安全装置も凹凸で掛る。
拳銃では20世紀初頭に開発した南部式(陸軍は制定しなかったが海軍が購入した)の仕組みと仕上げだ。
仕組みは複座ばね(リコイルスプリング)が左横にあり、後ろから見て左右非対称である。
左右非対称は、十一年式軽機関銃が真骨頂だ。左に装填架の箱があり、そこに30発の弾薬を装填する。
箱弾倉不要な機銃だった。
南部氏は工廠を定年退職後、都下国分寺に工場を作り、教練機材を製造していた。年少者用縮小小銃は
南部氏が特許を取っていた。弾丸が羽根のように回転する仕組みの弾薬を使用した。
日本の兵器は南部氏がいなかったら、単なる、欧米のコピーで終わっていたであろうが、彼をはじめ
彼が育てた技術者が様々な独特な技術を開発した。
しかし南部氏の罪は、兵器に過剰な品質を要求したことだ。生産とか、戦場での使用を考えて、効率も考えるべきであったかもしれない。
写真は九六式軽機関銃6.5mm、NATOのミニミのお祖父さんみたいな存在だった。

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日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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