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ロシアの大地と戦争 「ドクトルジバゴ」 戦争映画100選 その80


まず映画としては最高級作品であることに間違いない。
Boris Pastermakの小説を、1965年、David Leanが映画化した。「アラビアのロレンス」から3年後だった。
物語、映像、編集、テンポ、演技、すべて、個人ではどうしょうもない大きな歴史のうねりに巻き込まれていく人間達を飽きさせずに見せる。
この物語のドラマ性に比較してら、私たちの人生など本当に安穏なものだ。

ロシアが日露戦争に敗れ、国内の矛盾が吹き出てきて、第一次大戦からロシア革命に向かう、1900年代後半から1930年代後半までの一人の医師の人生、詩そしてロマンスだ。

Yuri Zhivago医師(Omar sharif)は孤児であったが、裕福な遠縁に引き取られ、家の娘Tonya(Geraldein Chaplin)と結婚していた。(ジバゴと発音してもなかなか欧米人には通じない。)
医学生の頃、社交クラブで女癖の悪い中年男を撃った女性を観た。大事には至らなかったがその娘の母親が自殺を図り、その手当てをした。
街では学生の反政府運動が高まっきていた。
第一次世界大戦がはじまり、ジバゴは軍医として戦線に赴く、そこで看護婦として働くララ(Julie
Christie)に会った。彼女は中年男を撃った女性だった。第一次大戦の戦場シーンは手を抜いてない。

終戦、ようやく、野戦病院は閉鎖され、ユーリ・ジバゴは家に帰るが、すでにモスクワでは共産革命が始まり家は人民組織が占拠しており家族に何も自由はなかった。
当時のロシアの裕福な家庭は地方にかなりの家をもっていて、列車にやっと乗り、苦労してそこにたどり着くが、タニア・ジバゴはパリに亡命してしまう。
偶然、近くに住んでいた、ララとジバゴは再会し一緒に住む。ジバゴは雪が吹き込む家の中で、詩を書く。
しかし、ある日、突然赤軍に拉致され軍医として働かされた。それは相等に長い期間であった。
赤軍と白軍の戦闘も熾烈であった。赤軍は白軍の少年兵にも容赦しなかった。
ジバゴは雪の平原を歩いて歩いて、ララの元にたどり着いた。

ジバゴの母親違いの兄、ヤーグリ・ジバゴは赤軍の将軍になっていた。
ララもジバゴも悲劇的に死んでしまったが、将軍が彼等の成長した娘を、第二次大戦が終了し、落ち着いた時代、大きなダムの横にある工場で働く女工がそうだと確信した。
彼女にはダムで働く許婚がいた。ダムから落ちる多量の水。時代は流れ、人は消える、を象徴するシーンだ。
ジバゴの詩は出版されて将軍の手元に残されていたのだった。

この作品は3時間ある。ユーゴスラビアなどで撮影されたそうだが、とてつもない自然、暴力的な革命、戦闘、(第二次世界大戦もあったわけだ)それでもジバゴはロシアの大地を捨てきれず、ロシアの大地に
もどった。
ロシアは日本人にとって隣国ではあるが、とても理解し難い国のひとつだと思う。全てが凄すぎる。

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日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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