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弱兵だった第一次大戦中のアメリカ軍 「彼らはコルデュドに来た」 戦争映画100選 その82


第一次世界大戦中の1916年3月、ニューメキシコ州コロンバスをメキシコの武装集団、パンチョ・ビラが襲い略奪や殺人を犯した。アメリカ陸軍はメキシコ国境を越えて彼らの本拠を攻撃し、ビラを捕まえようとした。

この映画は、1959年、監督ロバート・ローセン(「ハスラー」も監督した)、主演が当時、一番人気があった、ゲーリー・クーパーとリタ・ヘイワーズだった。原題「They came to Cordurd]

リタの役はパンチョ・ビラのシンパのアメリカ女性、クーパーはトーマス・ソーン少佐と言う職業軍人で
この戦闘で功労のあった5人の兵士に名誉勲章を推薦する役目を帯びていた。
パンチョ・ビラの本拠、要塞みたいなところだが、アメリカ陸軍騎兵隊が主に1911拳銃を振りかざしながら突撃した。ビラの手下はウエンチェスターで応戦した。騎兵はスプリングフィールド1907も持っており、犠牲は出るが、この要塞を難なく落した。

その後が問題だった。ソーン少佐と少尉がリタ演ずるアメリカにとっては反逆者の女性と、5人の名誉勲章受賞候補者が砂漠の中を、馬でテキサス州、コルデュド(スペイン語で「勇気」と言う意味だ)に
向かった。
少尉を含め全員がやる気のない、臆病者で、メキシコの山賊が山の上から撃ってくるとスプリングフィールドライフルを装備しているにもかかわらず、また一番大切な馬を放し、馬を山賊が追う間に徒歩で
逃げた。1人が重病になり、鉄道線路を目指すが、ソーン少佐に対して、少尉以下反乱状態で、武装を
捨てさせられた。(これもおかしな話だが)ソーン少佐とリタ以外は勲章どころかパニックになってしまった。
九死に一生を得て、最後はコルデュド基地が見えるところに到達した。

第一次世界大戦に参戦したが、アメリカ軍は武装、特に機関銃が足りなくて、フランス軍の訓練を受けた。ドイツ軍を破ったのは英国の戦車だった。
どうもこの時代、武器も遅れていて、アメリカの軍事力は弱かった。
だから、1930年代、ドイツや日本はアメリカ軍を馬鹿にしていたのだ。
第二次世界大戦中に国力を挙げて装備を改良し、訓練を重ね強くなった。
1942年フリッピンで敗れた、アメリカ軍が2年後戻って来たときには別な国の軍隊のようだったと
言われている。

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コメント

No title

三八式歩兵銃で第二次世界大戦まで戦った日本兵はあまりほめられたもんじゃない。明治38年に作られた銃だよ、ソ連兵のマンドリンと呼ばれるサブマシンガンを見てシベリアの日本兵捕虜は戦争に負けた理由を思い知らされたそうだ。

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Author:japaneseweapons
日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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