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こんな植民地軍があった 「ガンガ・ディン」 戦争映画100選 その85


ガンガ・ディンはインド人の象使いの青年だ。彼の夢は英国植民地軍の正規兵になることだった。
英国はインドでシーク(大きなターバンの)を植民地軍にしていた。
ガンガがシークであったかは定かではなかった。

この映画は、この植民地軍、3人の軍曹に当時の人気俳優を揃え、荒唐無稽なストリーながら、各俳優のファン層を狙った、コメディ調の戦争映画だ。元は劇画だった可能性はある。
1939年、George Stevens監督、白黒、ハリウッド作品。2005年にリメイクされたがそれは見ていない。
3人の人気役者は、カッター軍曹(Cary Grant),チェスニー軍曹(Victor McLanglen),バレンタイン軍曹
(Douglas Fairbanks)だった。
(ケリー・グラントはヒュー・グラントの父親とも言われている。)

物語は、19世紀後半のインド、岩山、砂漠っぽいところ(ハリウッドかそう遠くないところで撮影されたからだろう)、インド人カルト集団が武装して町や村を襲い、特に英国軍を目の敵にしていた。
彼等は黄金の寺を本拠とし、不気味なグルがリーダーだった。そのエキストラの人数だけでも大変なものだ。
カルト武装集団が英国軍を待ち伏せして、襲うのを3人の軍曹は、ガンガ・ディンの協力で寺に入り込み
何とか阻止しようとした。英国軍は将校は馬にのり、大型兵器は象に載せ、ターバンを巻いた歩兵、
一連隊ほどの規模だ。もし奇襲を受ければ大変な損害になっただろう。

ガンガ・ディンは銃剣で刺されたにも関わらず、黄金の塔の上に登り、ラッパを吹いて、英国軍に危険を知らせた。しかしカルト集団の集中射撃を浴びた。
英国軍は、砲2門、ガットリング機銃3挺、を象から下ろし、それらを準備してカルト武装集団を壊滅させたと言うものだ。ガンガ・ディンは撃たれて塔から落ちて死亡した。

武器兵器の考証がめちゃめちゃだ。英国将校のウェブレー拳銃ではなく、コルトかSW.また歩兵の小銃はスプリングフィールド1907(1907年に制定され第二次大戦初期まで使われた。)
銃剣もこの銃のものだった。また1873年スプリングフィールド小銃も出てくる。
砲は第一次大戦時のフランス軍75mm砲だ。英国軍がガットリング機銃を使っていたのは知らなかった。もしかしたら、被服や装具も出鱈目かもしれなかった。

当時のハリウッド映画はこんなものだったのだ。
しかし英国植民地軍の正規兵になりたかったインド人は存在していたかもしれない。

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コメント

No title

確か1931年の作品だった?と思いますが「モロッコ」が忘れられません。マレーネディートリッヒのあの妖艶さは、ヒトラーを嫌ってドイツを離れた彼女の気丈さを考えて私の好きな女優の一人です。ヒューグラントがケリーグラントの息子?初耳です。

No title

実は今晩「モロッコ」を見る予定です。DVDです。 ヒューグラントのことは信じない人が多いのですが、ケーリーは彼が生まれた期間、英国にいました。アメリカのテレビ番組で確かに、親子であると評論家が言っていたのを聞きました。

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日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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