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中国はまたやるかも「北京の55日」 戦争映画100選 その88


石原 慎太郎都知事ではないが、中国はやはり不気味だ。

1900年の義和団事変、本質は地方の暴動騒ぎであったのが、いつの間にか政府である清国も暴徒側に
なってしまい。北京の8カ国の外交官とその家族は55日間、生命の危険にさらされた。
「北清事変」とも言われているが、同年5月末から暴徒が外国公館のある居留地を囲み激しい攻撃を加えた。
6月11日にはドイツ公使ケトレル氏が殺害され、英、米、日、露、独、仏、伊、墺の約400名の水兵と大使館員、英国大使ロバートソン卿も小銃をとり戦った。日本兵は愛宕の陸戦隊員24名だった。

清国は1898年の西太宕クーデターで近代化が止まり、アヘン、贈賄、賭博が横行し、急速に保守、反動、排外的な方向に変り、同年、山東省ではキリスト教会が襲撃され教徒が殺害された。
日本では中国は同じ東洋の隣国で、深入りしないと言う意見と、西欧と同調すべきであると言う意見に分かれた。

この映画「55 DAYS at PEKING]は1963年、ニコラス・レイ(Nicholas Ray,[理由なき反抗」、「ジャニーギター」などの名作もあった。)監督、カラー、作品。
マドリッド郊外に60エーカーにも及ぶ広大なオープンセットを作り、衣装や、東洋人エキストラを各地から集めた大掛かりな制作だった。(今なら中国で制作すればよいが。)

この事変の数ヶ月間、日本は地の利もあり、かなりの活動をしたが、まずは、北京に立て篭もった大使館の武官、芝中佐(映画では伊丹 十三)の活躍があった。諜報員を使い、情報を集め、また自ら戦闘に
加わり、戦後、各国から勲章を授与された。

アメリカ海兵隊マット・ルイス中佐(Charlton Heston),英国大使アサー・ロバートソン卿(David Niven),ロシアの男爵夫人ナタリー・イワノフ(Ava Gardner)とキャストも豪華だった。

日本は英国の出兵要請で、海軍陸戦隊に加え第5師団2000名が出兵し、天津に上陸、そこから各国軍と北京を目指した。天津では砲台攻略に海軍陸戦隊が活躍した。日本軍の小銃は村田二十二年式連発銃
8mm口径。メトフォードライフルを採用した命中率の高い銃だった。銃剣が異様に短い。

北京には3万人の暴徒と、18600名の清国兵が居留地を囲んでいた。
連合軍は激しい抵抗にあいながらも8月14日、55日ぶりに英国軍続いて、日本軍が北京に到着し、囲まれていた外国公館を解放した。清国は1912年、辛亥革命で滅びた。

昨今の中国の日本大使館への投石事件、また地方での貧富格差による暴動などの報に接するに、中国政府はよほどうまく国内運営を行わないと、100年前と同じことが起こる可能性も否定できない。

また本日11月10日はアメリカ海兵隊の誕生日である。1776年の今日、海兵隊が結成された。

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コメント

No title

1963年に私は海外でこの映画を見ました。この映画で思い出すのが S・マクイーンの「砲艦サンパブロ」です、いずれも列強の中国干渉を扱っていて後に日本がその最右翼になるとは歴史の皮肉かもしれません。今度は俺の番だと中国が思わなければいいのですが、あの国は不気味です。

No title

「砲艦サンパブロ」も良い映画でした。最後がかわいそうだったですが。

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japaneseweapons

Author:japaneseweapons
日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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