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殺戮の現実 「キリングフィールド」 戦争映画100選 その89


いやー恐ろしい映画だった。実際にカンボジアから逃れた人間が演じていたこともあり、迫力と言うか
その恐ろしさは、日本人のように内戦や、イデオロギーで桁違いに大勢の一般人も殺してしまうようなことが歴史上なかった民族には、そう遠くない時代(30年前)、しかもあまり遠くないところで実際にあった、この事実を考えただけでもぞっとするが、その真実や背景は永遠に理解できないだろう。

主人公がポルポト支配の収容所から逃げる、見晴らしの良い田圃で、追っ手の目を逃れるために田圃の一角に飛び込む、やけにぬるぬるした泥だと思ったら、回りは腐敗した人間の死体の山だったシーンは今でも夢に出てきそうな気味の悪さだった。クメールルージュはAK47で容赦なく誰でも構わず撃ちまくった。
地雷をあたり構わず仕掛けた。

この映画「The Killing Fields]は監督はテレビ界出身英国人Roland Joffe,1984年、英国作品だ。
主人公はニューヨークタイムズのローカルスタッフ、ディス・プランと言う中年の教育のあったカンボジア人だ。彼はシドニー・シュアンバーグ(Sam Waterstone)と言う記者の助手をしていた。ブランはジャーナリストだったので、事前に気配を察知して家族を出国させていた。

カンボジアはフランス植民地であったが、シアヌーク殿下のもと1953年、独立をした。しかし他の
インドシナ半島の国々と同じく共産勢力の脅威にさらされた。アメリカはシアヌークでは抑えきれないと判断し、彼を追放した。しかし共産勢力はシナヌークの名前をかたり、逆侵攻してきた。アメリカはベトナムに注力するため、カンボジアから撤退した。
その撤退の際、ブラン(カンボジア人医師、Haing S Ngorが演じ、オスカーを得た。)はあらゆる手段で必死に出国を試みるが、果たせず、シュアンバーグだけはアメリカ人なので出国できた。

その後が地獄であった。
ポルポトに率いられたクメール・ルージュと言う共産勢力は、北海道の約2倍の国土、1000万の人口の国に、考え付かないような様々な非現実的、残虐な政策を実施し、およそ300万人、それも富裕層、インテリ層、都会の人間から次々殺略した。政策には「教育の禁止」なども含まれていた。こういう国はあと100年間は元の水準には戻れないだろう。
ブランはジャーナリスト時代にメルセデスのエンブレムをあげた少年兵にまず助けられた。

ブランは脱出後、山の中のあるクメールルージュの団体の奴隷のような下働きをしていた。そこのリーダーはさすがにポルポトはおかしいと密かに思っており、彼の息子をブランに託し、国境を越えさせた。しかしその子供は地雷の犠牲となってしまった。ブランは山の中を必死で走って走った。

最後はブランがサンフランシスコの先に逃げた家族のアパートのドアに向かっていくところで終わる。

これが1975年から78年までの事実だ。
国連など、何も出来なかった。そういう国連に日本は多額の費用を負担していた。
今のイラク、これだってほっておけばどうなるか。
世界には日本人の常識では理解できないことはまだ沢山あるのだ。
ポルポトの300万人大虐殺は国民の3分の1にあたる。この背景には中国文化大革命があって中国が後押しをしていた。
従って、中国で2000万人が殺略されたと言うのは理屈にあう話だ。

そろそろ日本人も現実に目を覚まさないと、エライことが将来また世界に起こる危険性はある。

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コメント

No title

悪魔のポルポトの最後は妻の前で毒を飲んで死にましたね、その死体の写真を見ました。人間性を失くした男は何でもやるという証拠です、ボスニアでも同じことが起こりました。映画でディスブランを演じた彼はニューヨークで射殺体で見つかりました、真相は分かりません。

No title

あの医者が殺されたとは知りませんでした。

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Author:japaneseweapons
日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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