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フランス外人部隊を有名にした「モロッコ」 戦争映画100選 その95


この作品は厳密には戦争映画ではない。ラブロマンスものだ。
監督はオーストリー出身のJosef von Sternberg、Gary CooperとMalene Dirtrichと言う1930年当時の大スター競演で、第二次大戦以前のヒット作としてはベスト10に入る作品だ。白黒、91分。

舞台が良い。フランス領モロッコの砂漠地帯だ。
配役が良い。ゲリー・クーパーの役はアメリカ人のフランス外人部隊の一兵士、トム・ブラウン(偽名の代表)、マレーネ・ディトリッヒの役は歌手マドモアゼル・エミー・ジョリー。
ストリーが良い。2人の過去は分からない。謎の2人のロマンスだ。
ブラウンは女性にもてた小隊長の妻と通じていたが、キャバレーでエミーに会い、この2人にロマンスが芽生えた。エミーにはパトロンになるべく大金持ちも出てきたが。

核だった戦闘はない。外人部隊は1中隊が、太鼓の音と共に、背嚢と小銃(不明)を担ぎ、モロッコの街に行軍してきた。長い外套、高い軍帽、フランス外人部隊の被服はなかなかしゃれていた。

最後はブラウンの所属する中隊が砂漠を行軍していく、それについて行く女性たちに混じり、エミーも一緒にはだしで砂漠を歩いていくシーンで終わる。ブラウンの契約任期が終わるまでこれが続くのであろう。砂漠と村を隔てる門があり、その門がエミーの決心を分けた。カメラアングルが抜群だ。

映画はハリウッドのセットと、近郊で撮影されたものだ。この流れで「カサブランカ」や多くの異国情緒あふれる作品がつづいた。デートリッヒはドイツ出身の女優で歌えた。

この映画製作当時、1930年、フランス外人部隊には約60人の日本人もいたそうだ。彼等がどうなったか、書いたものは読んだことはない。小説でも映画でも良いテーマになろう。

欧州では傭兵は中世より一般的であったが、それを近世にまで制度化し、現代にまで続いている大国はフランスだけだ。
1831年、フランス外人部隊は制度化され、アルジェリア、メキシコ、中国などに派遣された。
ロシア革命後はロシア人が多くいた。また第二次大戦後はドイツ人が多く参加した。
ナチの戦犯を逃れた者も多かったと言われていた。1951年、ベトナムでのフランス正規軍の敗北で
多くのドイツ人が外人部隊将校に採用され、ディエンベエンフーの戦いでは7個大隊の外人部隊、全軍の約3分1、が参戦した。当時の規模では数万人いた。

植民地がなくなった現在もフランス外人部隊は正規軍と並び、同国の国防の要である。フランス各地に8個連隊あり、戦闘部隊は特殊部隊、空挺部隊、非戦闘部隊も存在する。入隊するとまずフランス語教育を徹底的に行うそうだ。給与など条件はフランス正規軍と同じで4年間の契約だ。日本の若者も何人が行っていると聞いている。昔は身元のチェックが無かったと言われていたが、今は厳格にあるそうだ。

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コメント

No title

この映画、昔観た事ありますが、謎めいていましたね。ラストシーンが印象的でしたが、どんなメッセージがあるのか解りませんでした。外国人部隊に日本もいたのですかぁ。知らなかったです。フランス外人部隊の制度化など、色々勉強になりました。

No title

謎と言うか、ああいうエンディングなのでしょう。過去のない2人、 未来はあるのか、あの門と砂が何かを象徴しているように感じました。

No title

日本人の60名いたフランス外人部隊はもしかしたらアフリカ方面ではなく、ベトナム、カンボジア、ラオスなどのアジアのフランス領の部隊に所属していたのかもしれませんが、いずれにせよ情報あれば教えてください。

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Author:japaneseweapons
日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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