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サムエル・フラーだけかっこつけやがって 「ビッグ・レッド・ワン」 戦争映画100選 その105


Samuel Fullerは戦後、作家・脚本家(50くらいの作品)、俳優(30作品くらいに出てる)、監督(30作品くらい)と大活躍した。
代表的な作品は「アリゾナの男爵」「ピックアップオンサウスストリート」くらいで、量産型の人だった。1997年に85歳で死んだ。

この映画は、1980年作品、彼自身がモデルだ。第二次世界大戦アメリカ陸軍の第一小隊の彼を含めて、4名の二等兵が
北アフリカ、イタリア、そしてノルマンディから、ベルギー、ドイツ侵攻、チェコのユダヤ人収容所開放と言う
「コンバット」やほかのこの手の映画の全ての要素が入った物語だ。話は彼の語りで進行して行く。

この小隊を率いるのは軍曹(名はない、Lee Marvin)で、第一次世界大戦からの兵士だ。従って年齢は
とうに40歳を超えていただろう。最初と最後にドイツ兵を刺した。これもよくわからない。
小隊にはグライ(Mark Hamil)これが若い日のサム・フラーだ。ザブ(ユダヤ系の名前だ)、ビッシイ(イタリア系の名前だ)それにジョンソンがいたが、この4名だけは激しい戦闘でいつも死なない。
補充で来た兵士は犠牲になる。「Do not murder, we kill]が合言葉だ。

何と言っても鼻につくのは、物語が今までの各種の戦争映画と「コンバット」などからいただいていることだ。ベルギー、精神病院のドイツ軍観測所、イタリア、農家の納屋に隠された無反動砲、砂漠の戦車戦、市街戦、ユダヤ人収容所の解放などなど。

それにグライは二等兵のくせに、いつも葉巻をくわえていた。サム・フラーのような人でも、年をとると
自分をかっこよく見せることに腐心したわけだ。
良かったのはリー・マービンの「軍曹」だけだった。
トンプソンではなくガーランドM1をもちまじめに戦った。他の若者は軽すぎて「メンフィスベル」ののりで見ていられなかった。
撮影は、各所の雰囲気が出ており、費用が掛った大掛かりなものだった。ドイツ兵はステレオタイプに
描かれていた。
題名は、第一小隊の肩章からきていた。

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日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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