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公開禁止となった記録映画「戦う兵隊」 戦争映画100選 その109



「戦う兵隊」は昭和14年、1939年、東宝、監督亀井 文夫、戦争記録作品だ。
記録作品としては映像、音楽(古関 祐じ)、編集、優れていた。

特に前半、中国農民が日本軍が去った後、自分の村に戻り、家族が生活を回復するその表情や行動を
良く捉えていた。恐らくそういう部分が検閲に引っかかったのだろう。
画像はビデオパッケージからだが、空、山、野原と、軍勢の対象がとても上手で(下の写真参照)
1975年になって、全編の映像が発見された。

記録は南京陥落後、1938年の日本軍の武漢進行への道のりを描いていた。完全なドキュメンタリーで、燃えている村のシーンから始る。3ヶ月間のロケを敢行した。
映画にナレーションはない。文字で、「現地の兵隊はこの映画の製作に非常に好意を示してくれた」との
協力への感謝を述べている。
「今、大陸では新しい秩序を生む陣痛にみまわれている。」など、字幕は30枚近くあり、ところどころで、亀井監督の言葉を借りれば、「戦争で苦しむ大地、兵隊、そこに生きる人間、馬や草の悲しみまで記録したい。」の意気込みが見てとれる。これは時代は変れぞ、映像の持つ強さだ。

空と煙、避難民の列。非常に珍しい映像だ。
当時の日本軍の主力戦車、八九式中戦車の走行、整備、乗員の乗り込みなどのシーンも多かった。
野戦病院、給水班、「へいきしゅうりはん」、給食班、その後ろには「どろどろ」と砲声が聞こえていた。軍医が顕微鏡を覗き込む、水にはアメーバばかりだ。アメーバに砲声が重なる。
兵隊は鍛冶屋から修理工、薪割りと労働者だった。

妻からの手紙、子供の写真、しかしその受け取り手の兵士は白木の箱に入っていた。
白木の部隊長の墓碑銘。
捨てられて誰もいない道で死んでいく馬。妙な調和が全編を覆っていた。
戦争はかっこよくもない、てきぱきともしていなかった。

無人の漢口の市街。ロシア正教の教会とそこで祈る人。野良犬。破れた被服の日本兵も虚脱状態だ。

軍としては「ふざけるな、この非国民」と言うことで、亀井監督は1941年に治安維持法違反で逮捕・
投獄された。東宝がなぜこんな、興行的に勝ち目のない作品を制作させたか。不思議だ。しかし当時の
民間の戦争に対する考え方を研究するには良いテーマだ。

伊式(イタリア製)爆撃機に戦闘機の護衛が2機ついて、離陸して行ったシーンなど本当に珍しい
映像も入っていた。

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日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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