FC2ブログ

記事一覧

「パールハーバーと太平洋の戦い」に見るアメリカ軍装具



1942年の初頭、フィリピンに進出した日本軍は同地に駐留していたアメリカ軍とバターン半島などで激しい戦いを続けた。
アメリカ軍兵士はジャングルで話をする、タバコを吸うで、最初日本軍はそれらはアメリカ軍の謀略だと
疑った。しかし、これは単にアメリカ軍がジャングル戦闘や、夜戦の訓練を受けたいなかったためであり、1944年、戻ってきたアメリカ軍は厳しい訓練を受けてきており、別な軍隊のようであったと言われている。

この2つの見開きページはアメリカ軍が1944年に戻ってきたときの装具だ。
海兵隊、M1カービンが下にあるがモトローラ製のハンディトーキーが使われた。M1カービンは将校外にも通信兵に持たせた。威力はないが軽いからだった。装備に皮革は殆ど使用してなくて、厚い帆布製だ。これはベトナム戦争直前までほとんど同じ素材だった。日本海軍は1942年にフィリピンで鹵獲した、ガーランドライフルと後に手に入れた、このモトローラ製のハンディトーキーの模倣品を作成した。

左にBAR(ブローニングオートマチックライフル)、右にガーランドライフルを配した写真は、硫黄島の戦闘のあたりの装具だ。BARの弾倉(20発)、ガーランドライフルも簡単な布の補給袋でなく収容嚢を使用した。そのほかに手榴弾収容嚢(パウチ)も用意されていた。軍靴も足首をベルトで締める形式と変化した。

アメリカ軍の装具は格別優れたものではないが、機能性は良く考えられていた。
しかし、ガーランド小銃の弾薬補給は、日本軍の前盒からより時間がかかったと言われている。
また、円匙(携帯シャベル)は日本軍の材質のほうがはるかに良くて、アメリカ軍のものは曲がったり
欠けたりしたと評価されているが。
鉄帽の強度は筆者が実射して試験した結果、日本軍のものと同じくらいの強度であった。弾丸が鉄板を
抜けるというより、鉄板は砕けるような状態になる。モリブデン鋼など固い素材を使用していたからだ。

スポンサーサイト



コメント

No title

パールハーバー・・で見にきました。ワイキキのホテル近くの戦争記念館に見学に行った時、日本人観光客が全然居なくて・周りは本土からの退役軍人さんらしい人ばっかりだったので、何か因縁?つけられたらどうしよう・等と思い、その時はヒロシマナガサキしかねえな(笑)なんて考えてましたが、何の事も無く・和気藹々と見学できました。戦争慣れっていうんでしょうかね。

No title

パールハーバー奇襲攻撃に関しては、映画「トラトラトラ」が背景を良くえがいてます。ルーズベルトは欧州戦参戦を願いに願っていてこれを理由に使ったけど、65年前、あんな攻撃、良くやったと言うのが常識人の 解釈ではないでしょうか。

No title

古典フラを復活させ尊敬されているジョージ・ナオペ師(大王の末裔)は「日本軍の攻撃は非常に統率が取れ、軍施設に限定されたもので我々地元民にはなんの被害も及ばなかった」と賞賛しています。

No title

ホノルル市内外の損害は殆ど、アメリカ軍の対空砲火のためでした。 低空で飛んで来る日本機に水平撃ちしたら、はずれ弾は、そのまま真っ直ぐ飛んで行き何かに命中したのです。

No title

戦術的には文句なしと言えるでしょうが、アメリカ国内の世論を団結させた事は致命的だったと思います。日本の無条降伏はあの時決定したのだと思っています。もし真珠湾が無ければ戦争の長期化によるアメリカ世論の崩壊(ベトナム戦のように)がありえたかもしれません。「戦術的成功・戦略的敗北」といえるのではないでしょうか。もっとも太平洋戦争中の日本軍全てにいえた事だとおもいますが。

No title

すごく良い指摘だと思います。「歴史にもし」はないけども、日本は戦術的な視点でしか攻撃を考えてなかったけど、もっと地道な方法はいくらでもあった、のではないでしょうか。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

japaneseweapons

Author:japaneseweapons
日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



刀,弓,槍,薙刀,甲冑,鎧,火縄銃,軍用銃,機関銃など日本の武器や兵器に関する須川薫雄の研究を紹介はここ:
日本の武器兵器.JP


スポーツアンティークは、スポーツ用品や玩具、江戸期からの日本の食器、家具また、合法的な武具・火縄銃や軍装備品もマニアの方々に用意しております。米・日で約40年間に渡り仕入れたものです。



現在の閲覧者数:
カウンター :

月別アーカイブ