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欧米がはじめて挫折した薩英戦争 歴史を勉強しよう「一外交官の見た明治維新」


この本、「A Diplomat in Japan] by Sir Ernest Mason Satowは歴史に興味のある人なら必ず読むべきものだ。
アーネスト・サトウ(1843-1929)は25年間を日本で過ごした英国の外交官で、この本は1921年に発刊された。彼は外交官だが、明治維新の前後、各種の戦闘にも参加し、重要な歴史の目撃者であった。

開国来、日本国内は開国派と尊皇攘夷派が烈しい殺略を繰り返していた。
徳川幕府は現実を一番良く理解しており、当時の日本の国力では攘夷などおぼつかぬことを認識していたが、薩摩、長州(皮肉だが、実際の明治維新の担い手)は尊皇攘夷に固まっていた。

攘夷派は刀で外国人を暗殺した。
日本刀の切れ味は欧米人には恐るべき存在であった。残酷に殺された死体を見るたび彼等は、日本の攘夷派の野蛮さを憎んだ。そんなとき薩摩の行列と生麦で行き会った英国人が惨殺された。(現在、日本にいる欧米ビジネスマンにも惨殺されても良いようなアロガンスさも見られるが、アジア人を馬鹿にしきっていたのだ。)幕府は賠償金を支払ったが、英国はさらに薩摩に向かうとした。

翌年、1863年8月15日、英国は更なる要求を持って、旗艦ユーラシアとして7艦の艦隊が鹿児島の湾に侵入した。これは相当な規模の艦隊であったので、薩摩は見ただけで降伏するだろうと考えていた。

薩摩は陸上砲台砲約80門、英国艦隊艦艇砲は総100門、そのうち20門は後装式アームストロング砲だった。
サトウは薩摩の砲が火を吹き、黒い丸いものが、向かってくるのを興奮をもって眺めていた。彼の乗船していたアーガス号にも3発命中するが爆発する榴弾ではなかったようだ。しかし英国旗艦のジェスリング艦長とウイルモット中佐が丸玉に当たり戦死した。
榴弾が命中した艦もあり、英国側は死傷者63名を出して、上陸をあきらめて引きあげた。
薩摩の砲は全部が前装式であって、信管が付いた榴弾(内部に火薬が仕込まれていて命中して爆発する)は一部しか使われていなかった。
また地上戦になれば、さすがに火縄銃ではなく、前装管撃ち式マスケット銃を装備していたであろうが、英国陸戦隊が恐れたのは白兵戦になった場合の刀の威力だ。
薩摩は示現流と言う流派があり、戦士は幼少より日本刀の使い方は長けていたからだ。

一方、鹿児島の町は折からの強風でロケット砲で焼き払われてしまった。

この戦闘は歴史的には極めて意義の深いものだった。

英国はアジアではじめて、負かすことの出来ない民族に出会ったのだ。
薩摩は攘夷が非現実的であり、開国、近代化が必至であることを悟った。薩摩の死傷者は数人だった。

1963年11月に講和がなされ、5年後に明治維新となった。
画像はアーネスト・サトウ卿

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コメント

No title

薩英戦争の結果はイギリス本国に報告されました。
ビクトリア女王は交戦になるのではないかと懸念していたことが現実となり、英国議会の開会挨拶の中で、鹿児島市民に多大な被害を与えたことに対し遺憾の意を表明しています。

イギリス国内においては、英国艦隊の行動を批難した住民の抗議集会などがあり、各地で批難の決議や書簡が政府や報道機関に寄せられています。交戦時に砲台を壊滅する必要はあっても、市街地を焼き払い、一般市民に多大な被害を与える行為は許せないとの声であり、人道的な立場からの深い同情の念が示されたものでした。

当時のニューヨーク・タイムズ紙は
「この戦争によって西洋人が学ぶべきことは、日本を侮るべきではないということだ。彼らは勇敢であり西欧式の武器や戦術にも予想外に長けていて、降伏させるのは難しい。英国は増援を送ったにもかかわらず、日本軍の勇猛さをくじくことはできなかった」と評した。

本国のイギリス議会や国際世論は、戦闘が始まる以前にイギリス側が幕府から多額の賠償金を得ているうえに、鹿児島城下の民家への艦砲射撃は必要以上の攻撃であったとして、キューパー提督を非難した。

No title

議会に批判されたので、艦隊は賞金を受け取れず。ロンドンタイムズもあからさまに英海軍を批難し、恐らくこの年は欧米列強のアジア政策の転換年であった(1863年文化三年)。このことを研究している方が当時の大砲や弾薬についての知識がないので驚いたが。

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日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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