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日本はほかのアジアと違うとはじめて言ったオールコック公使 歴史を勉強しようその13


先日、英国大使館で駐日英国大使グレアム・フライさんとお話しているとき、「英国人は世界史を
良く観察できて幸せな国民でしたね。」と言う話をし、「大君の都」を著した、ラザフォード・オールコック卿のエピソードになった。

[The Capital of the Tycoon]by Sir Rutherford Alcockは幕末、明治維新に関心のある人にとっては必読の書である。上、中、下の3巻から構成されているが、内容は彼の今で言えばブログ風の目撃と感想で、日本をとても良く観察していた。また随所にイラストが挿入されている。

オールコック(1809-1897)は英国の医師であり、クリミア戦争に参戦したが、リューマチで
親指が動かなくなり、外交官に転身した。
アヘン戦争後15年間、中国に滞在した後、日本公使になり、英国に休暇で戻った期間を入れ、6年間日本に滞在した。
彼が日本に滞在した期間は、尊皇攘夷の勢いが強く、外国人は身の危険を感じていた。
しかしそんな中にもオールコックは富士登山をしたり、日本の自然や人々の暮らしを生き生きと捉えていた。
食事に箸を使うに始まり、長く鎖国をしていた日本が彼が経験した他のアジアの国々と異なるという点が
延々と出てくる。

当時、英国公使館のあった品川東禅寺前で通訳が浪人に切られた。通訳は連発拳銃、刀、短剣などで武装していたが、、浪人の小刀(日本の侍は2本刀を身に着けており、室内や距離が近いときは小さいほうを抜いた。)攻撃され、「腕の傷は骨には達してなかったが、あまりのむごたらしさに牧師は部屋を退出した。傷は縫いあわされ、手元にある限りの材料で包帯をまいた。」と、またしても刀による傷害だった。

東禅寺は1861年7月、14名の水戸浪士に襲われ、警備の幕府の侍に犠牲が出た。
画像は同じ頃、日本に来た、英国のイラストレイターが描いた、
「横浜の侍」、こういうイラストは沢山残されているが、大体が事務方の侍で迫力がないものが多い。
尊王攘夷の思想に固まった浪人のイラストがあると面白いのだが。

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日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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