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幕府へのフランスの援助 役に立たなかった伝習隊 歴史を勉強しよう。



1865年頃、フランスのシャスポー小銃と言う最新式後装填式をナポレオン3世は徳川幕府に贈った。
その数量は2500挺と言う。非常に長い撃針を使い、弾薬と弾丸の間を撃って発火させた。ゴムのパッキングを使っていた。在米中に研究家により体験射撃をさせてもらったが、金属薬夾一歩手前のものだが
威力は大きな銃だった。

フランスは徳川 慶喜将軍を評価し、幕府が続くことで日本での自国の権利拡大を計画していたからだ。
画像は芳寅の3枚組みの錦絵で、幕府の伝習隊の調練、行進を描いたものだ。
太鼓の後に、子供にまた太鼓を叩かせ、笛を吹かせ、その音に合わせて近代的小銃を担いだ兵士が行軍した。まさしく欧州風の軍隊であった。

一方英国のイラストレイテッドニュースのイラストに描かれた幕府の伝習隊の兵士は疲弊し元気のないものが多く、この錦絵と対照的であった。
幕末に日本の数十万挺輸入されたという外国製小銃はフランス製が特に多かったわけではない。
フランスのミニエー大尉が発明した前装填式の木せんを使うライフル銃はミニエー銃として多く入っていたが、多くは後装填式に改造された。
またベルギー製、フランス製のルフォーショーと言うピン撃ち式の拳銃の最大の史上は日本であっただろう。以前は登録証が付いて刀屋などで売っていた。
ピン撃ち式は、金属薬夾が出るまでのほんの短い間しか存在しなかった方式で、しかもその期間が日本の
武器輸入の時期だったからだ。

しかし、幕府伝習隊隊、近代的軍隊は長州征伐で破れ、鳥羽伏見の戦いでも活躍せず、江戸城開城のあとは消滅状態になった。大義名分がなければ、装備だけでは戦争は出来ない例のひとつだった。

フランスは幕府に軍事顧問をおくっており、そのうちの何人かは戊辰戦争の後期、五稜郭まで幕府軍に
付き合った。
英国、フランス、ドイツ、アメリカなどの列強はこの時期、世界の各地でこのような活動を競っていた。

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日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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