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ふざけた「日本学生航空の50年」 バックは朝日新聞


財団法人日本学生航空連盟は1929年に朝日新聞が設立した。
戦後、1952年頃から、各大学にグライダー部が発足し、再び、日本学生航空連盟が活動しはじめた。
関東と関西の朝日新聞社航空部の一部に連盟部屋があり、各大学からの学連委員と、朝日の嘱託の指導員が詰めていた。
この「日本学生航空の50年」は1980年に発刊された、学生航空の歴史をまとめたものだ。
半分は広告でこれは朝日の広告部が集めたのだろう。全部付き合いだ。
布張りの厚紙表紙の550ページにおよぶ厚さ4cm、B5版、ケース入り、の豪華のものだが、中身は
半分は卒業生や監督の写真入りのつまらない内容だ。

戦前の学連は滑空機だけでなく、発動機つきの練習機を使用して学生に飛行訓練を実施し、それは1945年まで15年間に及んだ。
朝日新聞の後ろには陸軍航空隊がいた。陸軍航空隊は全面的に学連を支援した。
これはドイツの例に学んだ方式だ。日本には燃料問題があったので、滑空機を使い操縦の基本をまず学ばせて、適正をみて、それから発動機つきの練習機に乗せる方法だ。

操縦士は出来るだけ学歴の高いものが良い、可能な限り若年から訓練を開始するが良いが原則だ。
その原則を陸軍航空隊が朝日新聞航空部にやらせたのだ。

昭和15年、1940年は皇紀2600年だった。それを記念して複座、複葉の九五式練習機を使用して
、関西と関東の選抜された学生による、二つのチームの日本一周飛行が敢行された。
このイベントは毎日の朝日新聞に掲載され、日本全国を興奮させた。
しかしこのイベントに参加して大戦を生き残った学生はどれほどだったか。殆どは陸軍操縦士になり、
戦死した。
だから朝日新聞が後ろだての「日本学生航空連盟」、今は良いが、昔は許せない存在だ。

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日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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