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戦争で日本の経済が破滅していた10年間


本日は3月31日、国家予算年度が終わり、多くの会社は決算の締めだ。
東京大学出版会から1995年、戦後50年の節目に2冊の、第二次大戦期の日本経済政策に関する興味深い本が発刊された。
「日本の戦時経済 -計画と市場ー」原 朗氏編他7名の経済学者による共著
「日中戦争期における経済と政治 -近衛 文麿と池田 成彬ー」松浦 正孝著

日本が国民政府と衝突した1937年7月が、実質的に日本国が第二次大戦に巻き込まれた年であっただろう。
2年も経たないうちに、1939年3月、商工大臣池田は戦争の拡大に対応し「原材料、運賃、賃金を中心に物価水準の引き下げ」が第一の経済目標としていた。
開戦から2年も経たずして、卸売り物価は7%、小売物価はなんと23%も上昇していたのだ。
これは統制経済の限界を超え、すでに太平洋戦争を待たずして日本経済は破綻していた。
この年の国防費は50%近くあった。

そして、日本の生産力は「航空機」開発、生産に大きく注力された。多くの民間会社が何らかの形で航空機開発や生産に携わった。(無線、計器、燃料、武装、爆弾などを含む)航空機は1940年から45年まで約7万機が生産され、これは世界第四位の数字だった。1944年の国防費は国家予算の90%になった。

この2冊の本ともエコノミストの私として読んでみても優れた研究だ。
この経済空白期間に全ての経済活動を犠牲として、航空機関連の技術開発生産効率向上に注力した結果は、戦後の半世紀、まさしくその努力が花開き、日本は世界の誇る技術力と生産効率で世界中にその工業製品をばら撒いてきた。

軍は経済の現実をみない。国民の生活インフラや生活自体を全て犠牲にして戦争続行につきすすむ。
例えば、当時45歳くらいの人、息子は戦場に、自分の将来を具体的にどのように考えていたか。
その心理はまだ研究尽されてない。満州、中国本土、朝鮮半島からの引揚者は全ての財産を失い、戦災に遭った国民と合わせるとその数は膨大なものだった。そうでなくても働き手を失い、また金融資産は
全て紙屑同然となってしまったのだ。経済指標は日本国民自身が戦争の最大の犠牲者だと示していた。

戦争が終了し、しばらくはまだ経済は混乱を極めた。従って、戦争は日本経済に10年間の空白を生んだ
わけだ。

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コメント

No title

空白というより後退といった感じですね。日米開戦前にすでに負けていたわけです。それほどの国力をつぎ込んで作った航空機が戦争後半には完全に質・量ともに連合軍に水をあけられていたことを考えると残念ですね。つくづく戦争とはカタログデータと戦力でなく総合力がだと痛感します。

No title

それから60年、トヨタがGMをつぶしそうになってますが、航空機宇宙産業は完全に差がついたままです。

No title

こんにちは。国債発行は30兆円に抑えられましたが、今後どうなるのでしょうね。TBさせて頂きました。嵐風人

No title

国債をちゃらにするにはまたバブルしか手はないですね。 気をつけましょう。ホリエモンのお金もどこへ消えたのでしょう。 バブルで得するのは、政府と闇の世界だけです。

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japaneseweapons

Author:japaneseweapons
日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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