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大砲の出現


欧州やイスラムが使い始めたのはいつごろか。
多分14-5世紀だろう。それまでの投擲兵器、カタパルトやトレビシュットは結構、威力があり、140kgくらいの石を300m飛ばしたそうだ。
持ち運びや耐久性、それに精度が問題であったかもしれない。

火薬を筒に入れ、石を飛ばす。当時は金属の弾丸は使わなかったはずだ。金属何十kgでは他の兵器が沢山作れたからだ。
石は多少、大小はあれ、加工すればそれまでの投擲兵器より弾道も低く、精度が高く威力があったからだろう。

投擲兵器は元が南宗を攻めた時、ペルシャ人を連れて行き使い、燃える弾丸、相手の構築物に火災を起こさせたり、人馬を驚かし、殺傷するために使用したと言われている。いわゆる「炮」だ。
武器学校にイスラムの二つに分かれる青銅砲があるが、これは「砲」という兵器だった。

大友宗麟がこのフランキ砲を使用し、その威力は絶大なものがあったと。
しかしそれは疑問だし、この有坂先生の「兵器考」のイラストも実物と細かいところで異なる。
実物は口径が子砲と異なり、威力があるものとは思えない。

大砲の定義と言えば、16世紀日本では「石火矢」と呼ばれていたが、弾丸10kgで、射程300m、10m四方の、艦艇や門、構築物に命中させる精度であったと推定する。移動可能兵器。

なぜなら鉄砲がそれより近いと威力を発揮して砲の側がやられるからだ。

日本の文献を意識してみていても「石火矢」と書いてあるが、その内容はもことしている。

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プロフィール

Shigeo Sugawa

Author:Shigeo Sugawa
日本の武器兵器史の研究者、陸上自衛隊武器学校資料館アドバイザー。
目まぐるしく変化する国際情勢、その中で日本が対応する未来への策、安全保障を政治、経済、社会、報道などを多角的に分析する。
また趣味の狩猟、渓流釣りと自然、環境問題。そしてアート、音楽、歴史など文化面をも・・・その思うところを紹介したい。


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