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8月13日の特攻


1945年、終戦の2日前、本土犬吠崎東方70度約180kmのところに近づいてきた連合軍の
機動部隊(艦載機がしきりに仙台から土浦方面に現れた。私の旧友故人鈴木氏が茨城で、地上砲火で落とされた機体の・50口径弾を拾った。)

何とこの日、すでに政府はポツダム宣言受諾を殆ど決めていたのに、特攻が実施された。

陸軍は那須から第二百一神鷲隊が二式双発襲撃機2機で、小川 満中尉と横山 善次少尉が操縦士、各々の機体には下士官の通信士が乗り込んだ。すでに暗くなった20時頃、「突入」の通信が入り、同行の海軍索敵機が火柱2つを観測したそうだ。250kg爆弾2個を翼に下げてあった。
双発機は熟練操縦士を必要とする。

海軍は昼間、千葉県木更津基地から第七御盾隊艦上攻撃機「流星」4機、計8名。80kg爆弾搭載。
茨城県百里原基地から艦上爆撃機「彗星」4機、計8名。50kg爆弾搭載。
「流星」は中翼の新鋭機であったが、その年3月に完成したばかりの機体なのでまだ完全ではなかった。
「彗星」も新鋭機だった。だからこれも操縦士は熟練者ばかりだっただろう。
戦果は不明となっている。

画像は、那須黒磯を発信する小川中尉。鉢巻もなく、淡々とした表情だが、強い闘志が感じられる。
8月13日にも20名の特攻が発進したのだ。
ミローは「特攻なかりせば、日本は単なる敗戦、欧米に民族としての誇りを示すことなく終わり、その後の
歴史も惨めなものになっただろう。」としていたそうだ。その通りだと思う。

しかし戦後、連合軍、台頭してきた左翼は日本人のこの強い愛国心を何とか、別なものにすり替える制度、教育、報道、世論にしてはや60年。日本人の体質は変わってしまったか?
私はその反動の方が恐ろしい。

多くの情報は「雑音」である。個人が客観的に歴史や国際関係を判断できる知識と能力を身につけていることが今の日本人には一番必要だろう。その点、小泉君は偉い。

(記録と画像は光人社「特別攻撃隊の記録」陸軍編、海軍編より。)

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コメント

No title

はじめまして、僕のお爺さんは1945年の8月15日に特攻隊で出撃予定だったそうです。14日の夜に船に乗り、15日、出動開始の約7時間前に放送を基地で聞いていたそうです。なんか特攻って酷いですよね・・・

No title

ほんのわずかな差で生きながらえた人、しかし特攻で死んだ人には現在、 国民は感謝の気持ちを持たねばなりません。

No title

はじめましてm(_ _)m政治に詳しいあなたにお願いしたいのですが私のブログで“一日限定! 明日は8月15日あなたは政治家! 靖国神社に行きますか!?”という投票をやっています!参加して考えをいただきたいと思いますのでよろしくお願いしますm(_ _)m

No title

靖国神社には当然、行きます!

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Author:japaneseweapons
日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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