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日清戦争 その2 旅順で清国軍100倍の損害


日清戦争の日本の正式名は「明治二十七・八年戦役」と言う。
日本軍は1994年10月には朝鮮半島から遼東半島へ進んだ。

10月24日に旅順を落した。
一般的に攻守の戦闘は、攻める側の損害も大きい。しかしこの戦闘では日本軍の死者40名、若干の行方不明者。清国軍は4500名が戦死した。100倍以上の損害であった。
これはすべて近代的な組織、兵器、補給、訓練をした軍隊と、軍費を皇太后が誕生祝いに使ってしまうような国との差であり、日本軍が組織的に虐殺を行ったわけではない。
日本軍のこの戦争全体での損害(死傷者)は13000人で、戦闘による死者よりも病死の方が多かったそうだ。
急速に衛生、栄養、防寒になどに対する対策が変った。

画像は旅順の戦闘を描いた、国芳作の錦絵。
2月には清国海軍の基地であった威海衛を、日本の水雷艇が夜間攻撃し、また陸からも攻めて、清国海軍はほぼ全滅した。
4月に講和会議が下関で行われた。
日本は講和で一旦は遼東半島の経営権を得るが3カ国干渉で、清に返還。その後、清はそのままロシアに経営権を与えてしまう。

朝鮮半島の安定は今も昔も、東アジアの平和には不可欠だ。大陸(中露)と太平洋(日米)の緩衝地帯だからだ。
じゃ、現在はどうかと言うと、半島の北と南を足して2で割ると、安定した状態とは言えないではないか。
6カ国協議でも一番の弱腰は韓国であり、中国は「北」を「わが国より下がある」との感覚(民主国家でない国は民衆に自分達より下があると思わせるものの存在が重要)で生かしている。
韓国が「北」を併合しても非核国になる、民主国になる保証はない。

110年前とあまり変化もないような現在かもしれぬ。

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日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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