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日清戦争 その3 徴兵の強さ


日本は大日本帝国憲法にも盛り込まれていたように、「国民皆兵」で徴兵役が1873年に施行され、
国民による軍隊が設立されていた。当時は免役率80%くらいで、軍隊は、成人になった男子のうち体力、知力の優れたもの20%くらいで構成されていた。
それに将校の多くはすでに武士階級がなくなって一世代立っていたとは言え、幕末の武道盛んなりし時代の影響を強く受けた旧武士階級出の人間が多かった。
この二つが近代的な兵器と組織、運用に加えて、日本軍の強みであった。南部 麒次郎氏もそのうちの一人だった。

廃刀令が施行され、刀を差すことは30年前になくなっていたが、剣道は盛んに行われたおり、この戦争でも日本刀対青竜刀との戦闘では日本刀の威力が再認識されたそうだ。
(青竜刀は、柄と刃が一体となり頑丈だが、重く、鋭利でなかった。)

画像は退却する伝統的な被服の清国兵を追撃する日本兵の錦絵。

講和条約後、わずか1ヶ月で日本が遼東半島を返却しなければならなかったロシアを中心とする干渉そして、その後のロシアの満州、遼東半島、そして朝鮮半島国境への侵入が、また新たな火種になったことは周知の事実である。
 日本は7年後に控えた日露戦争の準備に邁進した。
(日露戦争に関しては昨年5月の記事を参照してください。数10、日付を追って書いた。)

日清戦争を顧みるに、軍隊は大規模でなくても高度な技量を持った存在であることがいかに重要かがわかる。
明治維新後の日本、殖産興業、富国強兵は単なる掛け声でなく、実践されていたのだ。

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日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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