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軽機関銃弾倉嚢の横帯


日本の軽機とその装具は英国のブレンに比較すると全て簡略に出来ていた。
弾倉を2個入れる、収容嚢は厚い帆布と皮で箱型に出来ており、九六式6・5mm、九九式7・7mm共通のものだ。幾つかのバリエーションはあるが、大体が、表と裏が帆布で、横と底、蓋が皮革だ。

大きめ厚い環が左右上部にありそこに茄子環金具の負い帯を付けて肩から担いだ。この負い帯がなかなかない。弾薬を30発づつ込めた弾倉は相当の重量だから、射手はせいぜい1個か2個、1挺の銃に規定では8個(数個はあったろう)、だから、助手やその他の分隊の歩兵が分担して運搬した。
そのほかに装弾子30個の弾薬150発入る袋、それらを弾倉に詰め込む装填器などがあった。

実際、戦闘になると軽機とその他歩兵は一緒に固まるわけがない。
散開していたわけだ。
軽機弾倉収容嚢横帯は22cm、幅3cm、帆布を2重にした厚いものだ。これを手に提げて歩いている
歩兵の画があったが、歩兵はいつでも小銃を撃つ用意がなければならないので、先の負い帯で肩から下げた。

この横帯の目的は、戦場で散開した兵士達が、この収容嚢を投げ合って、射手に弾の詰まった弾倉を供給したり、空の弾倉を投げて弾薬を詰めてもらった。収容嚢にいれて投げればよほどのことがない限り
厚い鉄板の日本の軽機弾倉は変形することはなかっただろう。
硫黄島の軽機銃座の写真でもこの収容嚢は散らばっていた。表の汚れは血痕である。機関銃装具の帆布には戦闘を激しさを物語る、血痕が多く残されている。

軽機は小銃10挺分の活躍を期待されたので、分隊の力を2倍にする工夫がいろいろあった。
現在はミニミがこの思想を見事に受け付いている。

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日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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