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名札の付いた弾入れ(前弾薬盒)


ずっと昔、アメリカのガンショーで手に入れたものだ。
その頃は面白かった。ガンショーの日程を[ショットガンニュース]と言う雑誌で調べ、地図で場所を調べ、週末、ドライブした。
ガンショーの出展者も客も,99%白人の男だ。黒人はほとんどいなかった。東洋人も私以外には見ない。そういう世界だった。

画像のこの前弾薬盒は一つしかなく、特徴と言えば、前期型(蓋止めの革帯通しが真ん中にひとつしかない、かなり使いこまれていて廃油で手入れされた、材料の皮革は厚い、などだった。)
弾薬盒は前盒は二つと後盒で組なのだが、なぜ私が一つしかないのに買ったかと言うと、裏に和紙が貼ってあり、そこにこれを装備していたと思われる兵士の名が墨で書かれていたからだ。
「第二班 田村」と。

アメリカ兵が持ち帰った、日本やドイツの兵器は全部が戦闘で功績のあった兵士が得たものではない。
アメリカ軍は戦争が終わるやいなや、前線の兵士を直ぐに復員させ、進駐した将兵は後方勤務か訓練中の者だったらしい。
これは吉田さんが働いていた際にその上司だったアメリカ人に直接聞いた話だが、皆、そうは言っても戦闘の記念品を欲しがった。そこで申請をすると、日本軍が降伏した際に鹵獲した兵器の倉庫に行き、好きなものを選べたそうだ。銃は日本軍が菊の紋章を削ってしまっていたが。
この紙の名札は戦闘のために付けたものではないことは明白だ。これでは直ぐに剥がれてしまうからだ。
私はこの名札は降伏した日本軍が兵器を提出した際に付けたものだろうと推察した。

なんと、日本人は几帳面に降伏後、兵器返納を行ったかの一つの例だと思った。
それが証拠に進駐したアメリカ軍将兵が日本軍ゲリラなどに殺された話は聞いたことがない。
今のイラクと比較すると、日本人の特性、日本の独特の社会の仕組み人間の心理、几帳面さがいかなるものであったかがとても理解できる現象だった。

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コメント

No title

写真集ではないのですね。しかしコメントありがとうございました。 これからも面白いテーマを見つけていくよう努力します。

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日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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