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洋式銃の置き台


幕末に日本は数十種、70万挺にも及小銃を幕府、各藩が輸入したと言う。
よくそれだけ金があったものだ。さらに輸入銃を見て、幕府、各藩は自前で製造もした。

しかし組織は幕藩体制のままで、扶持に従い、各武家に火縄銃の替わりに洋式銃が装備されたわけだ。
倒幕側の藩はその点、例えば長州の奇兵隊のように軍隊としての組織になっているところもあった。
特に東北各藩は、旧体制のままだった。

画像の銃の置き台は、3挺の洋式銃を立てておくものだ。(火縄銃と銃床が異なる。)
高さ96cm、幅55cm、奥行き35cmの欅(けやき)の良い素材、そしてとても良い工作だ。
銃床の底が入る部分の掘り込みなど一刀彫でなかなか綺麗だ。
これだけのものは軍隊が作らせて使っていたものではない。飾りもあり武家用のものだっただろう。

明治以降、各藩にあった軍用銃(火縄銃は含まず)は小石川の東京工廠に集められ、スナイドル、アルビーニー(スナイドルは後ろ開ける、アルビーニーは横に開ける、口径、長さは同じ)の2種の後装ライフル銃に統一された。菊の紋章が刻印され新しく組織された明治軍に装備された。それも10数年間のことだったが。(西南戦争がこれらの兵器が使われた最後の戦闘だ。)

従ってこのような立派な銃の置き台も不必要になった。
その後、誰かが散弾銃を立てるように上部の支えの掘り込みを大きくしてしまった。
それも大正時代くらいまでだろう。

現在では他人の見えるところに猟銃などを置いておいたら大変だ。(金属ロッカーに収納し施錠するのが
規則だ。)もし、外に出しておいて、
何かあれば、銃砲所持許可(東大に受かるより大変な試験を経てる)はいっぺんに取り消される。
従ってこの台は今はモデルガンでも立てておくより役目はないものだ。

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プロフィール

Shigeo Sugawa

Author:Shigeo Sugawa
日本の武器兵器史の研究者、陸上自衛隊武器学校資料館アドバイザー。
目まぐるしく変化する国際情勢、その中で日本が対応する未来への策、安全保障を政治、経済、社会、報道などを多角的に分析する。
また趣味の狩猟、渓流釣りと自然、環境問題。そしてアート、音楽、歴史など文化面をも・・・その思うところを紹介したい。


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