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観測鏡 九三式五十糎 ニコン製


今の日本大手企業に戦前の軍隊を悪く言える社は少ない。
ほとんどの製造業に限らず、運輸、通信その他サービス業も軍、つまり国家予算の支出先として保護されていたはずだ。

この九三式五十糎観測鏡は、1933年に制定された地上戦闘用の観測機器で、箱(木箱を金属で覆った丁寧な作り)から、プリズムを2個使う本体に柄を付けて組み立てた。
これを主に塹壕などから外部の状況を観測するのが目的で、同じような機能の光学兵器は第一次大戦で
使用されていた。

しかし、この日本光学(ニコン)製の観測鏡はもっと明るく、視野が広く、頑丈に出来ていた。
コストは掛かったはずだ。
こんなものをと思うが品質を仔細に観測すると、現在作らしても数万円はするようなものだ。
軍は日本光学、東京光学、東芝などを光学機械メーカーとして育成した最大の功労者だった。

製造番号「NO10903」とあるが、このような兵器が当時の陸軍の規模で1万台以上あったとは思えないので、1万だいから始めたのではないか。
中国戦線では活躍しただろうが、南方でこのような精密な光学機械が使用されたとは思えない。

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コメント

No title

同じ日本光学製の観測鏡を所持していますが、53XX番です。 1万が捨て番と言うことではないと思います。

No title

しかしそんなに沢山製造したのでしょうか。下士官用双眼鏡の製造の予算がなくて、日本光学と軍は大変苦労して九三式双眼鏡(あのずんぐりした)を開発したのです。

No title

日本光学40年史には終戦前一年間の製造実績が471台となっています。 開戦頃はもっと製造能力があったでしょうから、1933年から考えればそれくらいになってもいいのかも知れません。

No title

光学兵器は1943年くらいになって急激に生産量を増やしたのです。ニコンに本当に一万台以上も作ったか聞いてみたいですね。 南方ではまったく役に立たない眼鏡だと思いますが。

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Author:japaneseweapons
日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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