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銃身のみの火縄銃


大戦末期、民間から金属供出をさせ、それを兵器の材料とした。お寺の鐘なども出したと言う。
こういうことは日本だけでなく、他の国でも同じようなことはなされた。
南北戦争中、南部では家庭からブロンズを集め、それで拳銃のフレームを製造したことは有名な話だ。(輪銅部分は前装なので鉄)

しかし、不思議なことに日曜朝の青空市などで銃身だけの火縄銃も良く見た。

画像の銃身は長さ82cm、一般的な火縄銃の銃身が100cm内外なので短い。と言うことは太く
口径も大きなものだった。銃口が広がっているので正確な口径は測れないが、全体から推定するに四匁筒だっただろう。(四匁は口径大体14.5mm,この筒は火皿の横の一番太いところが約30mmなので、その半分としても計算が合う。)目釘穴3個、無銘、八角銃身。

猟師が散弾を使用する際に、弾が広がるように銃口内部を広げてしまったものもあるが、火縄銃は銃口から火薬、玉を込めるので、金属のさく杖(ロッド)を使い痛めてしまったものもある。

北斎漫画に、猟師がトヤ(沼などのほとりに簡単な隠れる小屋)を作り、そこから上空を通過する鴨を撃っている構図の画がある。この場合は散弾を使用したに違いない。一発玉では、飛んでいるものを落すのはまずは不可能だからだ。

名和先生の言うようにこの銃身に合う台(銃床)を見つけることは出来ないだろう。
今まで、外観は銃身と銃床が合ってはいるが、外してみると微妙に合わせてあったものは一つしか見てない。

火縄銃は戦闘に使えば、それほどもつもので無かったので、戦国時代はスクラップアンドビルド。江戸時代も大体数十年ごとに作り変えただろう。

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プロフィール

Shigeo Sugawa

Author:Shigeo Sugawa
日本の武器兵器史の研究者、陸上自衛隊武器学校資料館アドバイザー。
目まぐるしく変化する国際情勢、その中で日本が対応する未来への策、安全保障を政治、経済、社会、報道などを多角的に分析する。
また趣味の狩猟、渓流釣りと自然、環境問題。そしてアート、音楽、歴史など文化面をも・・・その思うところを紹介したい。


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