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「軽防毒具」は何であったのだろう?


ロンドンでは、元ロシア情報機関の亡命幹部が放射性物質で暗殺され、大騒ぎだ。

画像の袋は70年間の時代を感じさせる布にゴム引き製の日本軍小型収容嚢で、○コ昭和十弐年(1937年)「九六式軽防毒具」と表記してある。中身はない。

横30cm、縦18cmの厚みのないものだ。縦横を平紐(木綿の紐にゴム引き)を結んで閉める。
そして裏側には皮帯通しが縦向きに付いており、腰に縦にして下げる。

内部には今のビニール製遠足合羽みたいなものしか入らない。
当時はビニール素材はなかったので、薄く作る、また防毒に効果があるとすればゴム素材の薄いものしか
考えられない。薄いゴム製の合羽みたいなものだったか。

防毒面は個人装備で、布製の収容嚢に面とゴムホース、そして解毒用の缶がセットになって収納され、
肩掛けにして必ず持っていた。日本軍の防毒面は、陸海軍とも100時間以上の耐久時間があり、優秀な機材だった。

本格的な防毒服は、防毒面、全身を覆う服、肘まである手袋、そして足袋、すべて厚いゴム製のものが用意されており、化学部隊や専門の化学兵器を扱う兵用に存在した。

果たしてこの「軽防毒具」を言うのは実際どのようなものであったのだろう。

11年前の地下鉄サリン事件ではないが、今は誰が何をするか、まったく予測が付かない世界だ。
「鳥インフルエンザ」などもどこかの生物化学兵器の一部が漏れたことと疑っても良いかもしれない。

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プロフィール

Shigeo Sugawa

Author:Shigeo Sugawa
日本の武器兵器史の研究者、陸上自衛隊武器学校資料館アドバイザー。
目まぐるしく変化する国際情勢、その中で日本が対応する未来への策、安全保障を政治、経済、社会、報道などを多角的に分析する。
また趣味の狩猟、渓流釣りと自然、環境問題。そしてアート、音楽、歴史など文化面をも・・・その思うところを紹介したい。


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