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頑張れクルド自治区

イラク戦争も元はサダム・フセインのクルド人への化学兵器の使用だった。
 
クルド人は国家のない民族としては最大規模で、イラクのトルコ側の山岳地帯に数百万人いる。
トルコ、、中東、欧州に総計2800万人とも3000万人と言われている。イスラム教だ。
トルコが最大規模で1000万人、議員も出しているが、問題も多い。
言語はインド、イラン系なので元は欧州系の民族のようだ。牧畜を生業としている。
 
日本人は理解でかいない国家環境であるが、イラクのクルド人は自治区を作り、今回の
シリアから発生したISISの侵入も阻んでいるそうだ。
 
イラク安定の一翼を担っていることは間違いない。
米国国務長官が訪れたほどだから、何か第三次イラク紛争のなかでの鍵であることだろう。

日本はクルド人を、7テロリスト集団扱いにしているそうだ。
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コメント

No title

クルド人頑張れ!負けるな!

No title

クルディスタンに対する最初の重要な分割は1514年のチャルディラーンの戦いの後に行われ、1639年のズハーブ条約により公式のものとなった。

ケマル・アタテュルクによるアナトリア東部の再占領や他の差し迫った問題が、連合国にトルコとの再交渉を認めさせた。
結果、ローザンヌ条約により、現在のトルコ共和国の国境の大部分が確定された。これによりクルディスタンの独立の機会は失われた。
クルディスタンの他の領域は、両条約において、イギリスとフランスによる委任統治領(イラクとシリア)の内部に併合された。

1945年のサンフランシスコ会議において、クルド人の代表団は、クルド人が主張するクルディスタンの地理的な範囲を示した。この提案では、地域はアダナ近くの地中海の海岸から、ブーシェフル近くのペルシア湾の海岸まで広がっている。これには、ザグロス山脈の南の居住区であるルアも含まれている。

第一次世界大戦後はサイクス・ピコ協定を基本とした国際協定によりクルディスタンはいくつかの国に分割され、それぞれの国においてクルド人は少数派である

No title

イラクにおけるクルドの認識はどんなものなのでしょうか?日本では各々が伝えられることがないので、トルコ、イラン、イラク、ロシア、
力の均衡状況が把握できません。

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日本の武器兵器研究、火縄銃から軍用銃までと多岐にわたり、 また急激に変化がある国際状況、日本の安全保障と外交を 論じる。



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