fc2ブログ

記事一覧

カーキ色の採用,日露戦争の近代技術その7



20世紀初頭にはカラー写真はなかった。しかし白黒写真に着色しカラー化することはあった。
多分、石版で印刷したので費用は掛かったことだろう。もしくは一枚一枚、手塗りでカラー化した。
こういう資料で一般的なのは、横長のカード式、立体鏡だ。手で保持する眼鏡に横に同じ写真が2枚
印刷された(左右のずれを利用して立体化する)を覗く簡単な仕組みの娯楽用品だ。
19世紀末から20世紀初頭、欧米では一般的だった。そのソフトは100種の写真が一箱に収められており、多分、かなり高価なものであっただろう。

そのソフトの中に、日露戦争をテーマにしたものがあるが、戦闘シーンは少ない。日本兵が炊事をしているところとか、記念撮影的なもの、清国の住民、その他、観光的なシーンである。
多分、このソフトの対象者が女性や子供であったからだろう。

しかし、中に非常に興味深い内容の写真がある。それは日本兵の軍装の色だ。
明治陸軍は、濃い紺の被服を着用し、鍔の小さい高い軍帽であった。(この軍帽の実物を見るかぎりは
黒に限りなく近いが)。足は後のように巻き脚絆ではなく、一枚構成の脚絆である。脚絆には色は付いていない。外套は襟に毛皮が付いた同じ紺色だ。
しかし、この紺の被服の上にカーキ色の上着を着ているのだ。カーキ色は英国が軍用被服に使用したと言われているが、日露戦争中、すでに日本軍でも使用していた。
カーキ色は、土の中、特に塹壕戦や、野戦では地面とまぎらわしく迷彩となり、目立たない。
夜戦の際は、紺色の被服を外に出せばよく、写真には識別のため、日本歩兵がたすきをかけているのが
見られる。
カーキ色の採用は、日露戦争の近代技術のひとつと評価してよいだろう。
(画像はステレオ鏡ソフトより)
(写真はステレオ鏡のソフトから、カーキ被服の歩兵、28センチ砲の砲兵)

スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Shigeo Sugawa

Author:Shigeo Sugawa
日本の武器兵器史の研究者、陸上自衛隊武器学校資料館アドバイザー。
目まぐるしく変化する国際情勢、その中で日本が対応する未来への策、安全保障を政治、経済、社会、報道などを多角的に分析する。
また趣味の狩猟、渓流釣りと自然、環境問題。そしてアート、音楽、歴史など文化面をも・・・その思うところを紹介したい。


現在の閲覧者数:
カウンター :

月別アーカイブ